EP 8
神に刻む傷(不完全な勝利)
極限まで引き延ばされた、残り0秒の静寂。
露出した白虎のシステム中枢(眉間)に向け、龍魔呂の指が『Korth NXS / Ranger』の引き金を絞る。
何の迷いもない、冷酷なまでに完璧な射撃フォーム。
だが、その一発に込められていたのは、かつての彼を支配していた空虚な殺意ではない。
背後にいる『太陽』と『月』を守り抜くという、絶対的な守護の意志。
鬼王の指輪から溢れ出した赤黒い闘気が、シリンダー内の弾丸を包み込み、恐るべき密度の破壊エネルギーへと昇華していく。
「……穿て」
『ズドォォォォォォォォォンッ!!!!』
ポポロ村の空気を劈く、大砲のような重低音。
銃口から放たれた一筋の閃光が、重力や空気抵抗といったすべての物理法則を置き去りにし、一直線に天空へと跳ね上がった。
それは、人間の意地と泥臭い感情が極限まで圧縮された、まさに『神殺しの銃弾』だった。
直後。
装甲を失い、完全に無防備となっていた白虎の眉間に、龍魔呂の放った弾丸がクリーンヒットした。
『ギ、ギィィィィィィィィッ!?』
神の獣が、初めて明確な『苦痛のノイズ』を上げて天を仰いだ。
絶対無敵のシステム中枢に弾丸が食い込み、激しい火花と赤いエラー光が飛散する。
「タイムアップ!! 神様のシステム、再起動するよ!!」
通信機から蘭の絶叫が響く。
電脳空間での3秒間が経過し、蘭とガジェットが抉じ開けたバックドアが強制的に閉じられた。
白虎の全身を再び『第1法:適法なき武力行使の無効化』の強固な光が包み込む。
「……チッ、時間切れか」
空中で蹴りを放ち、地面にズサーッと着地した信長が、痛む足を引きずりながら悪態をついた。
システムが再起動した以上、もう彼らの物理攻撃は一切通じない。
だが。
白虎の顔面――龍魔呂の弾丸が撃ち込まれた眉間の中心には、深く、決定的な『亀裂』が刻み込まれていた。
再起動した神の修復プログラムが何度光を当てても、その亀裂だけは決して塞がらない。
『……警告。致命的システムエラー』
空中で体勢を立て直した白虎の黄金の瞳が、激しく点滅を繰り返す。
『メインコア防壁に、修復不可能な損傷を確認。自律修復プロセス……失敗。演算能力の著しい低下を検知』
「……やった。神様のプログラムに、完全に『傷』が残ったんだ!」
地下指令室で、蘭が震える声で呟く。義正も、口元の赤マルを揺らしてニヤリと笑った。
人間が放った泥まみれの感情の一撃が、絶対無謬であるはずの神のシステムに、決して消えない『エラー』を刻み込んだのだ。
『……現在リソースでの即時フォーマット(執行)は不可能と判断。これより、再演算モードへ移行する』
白虎の巨体が、ゆっくりと空間の亀裂の奥へと後退していく。
だが、その黄金の瞳は、地上でこちらを睨みつける龍魔呂たち、そして膝をつくキャルルを冷酷に見据えたままだった。
『特異点オブジェクト【POPOLO】。ならびに泥にまみれた人間たちよ』
白虎の声が、空から重く響き渡る。
『汝らが刻んだこの傷は、システムの敗北を意味するものではない。法の執行が一時的に延期されたに過ぎぬ』
空間の亀裂の奥――暗闇の中に、さらに巨大で、おぞましい気配が蠢いているのが見えた。
青龍、朱雀、玄武。そして、すべてのシステムを統括するメインコア『聖獣機神ガオガオン』の無数の眼光。
『罪は消えず。汝らの撒き散らした善意(毒)がこの世界を狂わせる限り、法は必ず、汝らを焼き尽くす』
その不吉な宣告を残し。
空の亀裂が、音を立ててパリンと閉じられた。
雲が晴れ、ポポロ村に再び眩しい青空が戻ってくる。
「……帰りやがった」
信長が、緊張の糸が切れたようにドサリとその場に座り込んだ。
龍魔呂もまた、銃口から立ち昇る紫煙をフッと吹き消し、無言でKorthをホルスターへと収める。
彼の右手で激しく明滅していた鬼王の指輪の光も、静かに鳴りを潜めた。
神との第一次遭遇戦。
それは、辛うじて全滅を免れたという『不完全な勝利』に過ぎなかった。
だが。
戦いが終わり、静寂を取り戻した広場の中央で。
神に完全否定され、心をへし折られたはずの『太陽』が、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。




