EP 4
狂犬の盾と、処刑人の哲学
太陽の如き少女を絶望の底に叩き落とし、さらにその命をもデータとして消去せんとする白虎の『純白の炎』。
「ごめんなさい……私……っ」
自らの罪に打ちひしがれ、涙を流して目を閉じたキャルル。
だが、彼女の小さな体がその業火に焼かれることはなかった。
熱も、音も、衝撃すらも彼女には届かない。
恐る恐るキャルルが目を開けると、そこには、彼女を背中で庇うように立ち塞がる二つの大きな背中があった。
「……オドレ、神様か何か知らんが。ウチの可愛いウサギを泣かせた落とし前、高くつくぞ」
練馬の狂犬、坂上信長。
その手には愛用の特殊警棒が握られ、狂気じみた笑みが顔に張り付いている。
「……キャルル、目を開けろ。下を向くな」
そしてもう一人。
赤いジャケットを翻した鬼神、龍魔呂。
彼の右手には、すでに撃鉄の起こされた愛銃『Korth NXS / Ranger』が握られていた。
「龍魔呂さん……信長君……!」
『――無駄なり』
白虎の黄金の瞳が、無機質に二人の男を見下ろす。
『第1法:適法なき武力行使は国際法違反により無効。いかなる物理攻撃も、世界律の前では塵芥に等しい』
白虎の宣告と同時に、信長が地を蹴り、警棒をフルスイングする。同時に龍魔呂のKorthが火を噴いた。
だが。
信長の警棒が白虎の装甲に触れる寸前、そして龍魔呂の放った銃弾が神の眉間に届く寸前。
それらは『パツン』という小さなノイズと共に、空間から完全に消滅した。
「なっ……! 弾が、消えやがった!?」
信長が目を見開く。
エネルギーの相殺ではない。システムによる『攻撃という事象そのものの削除』。
武器を奪われた二人の男へと、純白の炎が容赦なく襲いかかった。
「ぐ、おォォォォォォォォッ!!」
信長が、咄嗟に両腕を交差させて炎を受け止める。
だが、その炎は熱ではなく『概念』だ。信長の強靭な肉体が、少しずつ光のピクセルに変換され、空間から削り取られようとしていた。
「信長君ッ!! 逃げて! 死んじゃう!!」
キャルルが悲鳴を上げる。
「ヒャ……アハハハハハッ!!!」
だが、自らの肉体が削り取られていく激痛の中で、信長は狂ったように笑い声を上げた。
彼の全身から、闘気とも呼べる凄まじい『気迫』が立ち上り、消去の炎と拮抗し始める。
「笑わせるなや……! 法律じゃあ、人は殺せねぇんだよォッ!!」
信長は、一歩も引かなかった。
どれだけ肉体が焼かれようとも、その底知れぬ生命力と意地だけで、物理的な『肉の壁』となって炎を押し留めている。
「暴力ってのはなァ、血と骨と内臓をぶち撒けて、初めて成立するんじゃ! てめぇらのお上品な炎なんざ、俺の命は削れんわい!!」
その隣で。
龍魔呂は、自らの体を焼く純白の炎に包まれながらも、一切の表情を変えなかった。
ただ静かにポケットからマルボロの赤を取り出し、口に咥える。
炎の熱で、タバコの先端に自然と火が点いた。
「……おい、白虎」
龍魔呂が、深く紫煙を吐き出しながら、天空の神を真っ直ぐに睨みつけた。
「てめぇ……大審問官のクダリだけ読んで、分かった気になってんじゃねぇぞ」
『……何?』
一切の感情を持たないはずの白虎のシステムが、龍魔呂の言葉にわずかなエラー(戸惑い)を示した。
「パンを与えて自由を奪うのが罪だと? ……違うな。ドストエフスキーが本当に書きたかったのは……そんな泥まみれの罪や矛盾を抱えたまま、それでも相手を赦し、口付けを交わす『人間の愛』の方だ」
龍魔呂の脳裏に、かつて自分が救えなかった『ユウ』と、炎に消えた『結』の記憶がフラッシュバックする。
もう二度と、自分の目の前で、大事な女を理不尽な炎で焼かせはしない。
「てめぇらみたいに、血の通ってねぇ機械の文学解釈なんざ……俺の愛読書に対する、ひどい冒涜だ」
龍魔呂の右手に嵌められた『鬼王の指輪』が、かつてないほど激しい赤黒い闘気を放ち始める。
DEATH4の殺意ではない。それは、背後にいる太陽を守るための、絶対的な守護の力。
「……キャルルが撒き散らした善意が、システムを壊す毒だとしても……理屈は知らねぇ。お前が泣かせたこの女のおかげで、昨日ガキが笑って飯を食ったんだ。……なら、それが正解だ」
龍魔呂は、再びKorthの撃鉄を起こし、白虎の黄金の瞳に銃口を突きつけた。
「てめぇら(世界)の方が、間違ってんだよ」
物理を無効化する神の法。
だが、それを己の肉体と狂気でねじ伏せようとする狂犬と、圧倒的な哲学と意地で否定する処刑人。
しかし、彼らがどれだけ気迫で耐えようとも、神のシステム(第1法)が作動している限り、こちらの攻撃は永遠に届かない。ジリ貧の消耗戦。
「……そこまでよ。龍魔呂さん、信長君。よく耐えてくれたわね」
背後から、凛としたヒールの音が響いた。
「輝夜……! 駄目だ、来るな!」
龍魔呂が制止するが、彼女は止まらない。
霞が関の月は、涙を流すキャルルの肩を優しく撫でると、傷だらけの二人の男の前に歩み出た。
その瞳には、かつてないほど冷徹で、知的な『為政者』の光が宿っていた。
「相手が『法と手続き』を重んじるシステムだというのなら。……付け入る隙は、いくらでもあるわ」
反撃の狼煙。
暴力ではなく、極限の『知能(法律)』による神殺しが、今始まろうとしていた。




