EP 7
狂犬と処刑人
ポポロ村の外縁に広がる、岩と枯れ木に覆われた荒野。
月明かりすら届かないその深い闇の中を、50の「透明な影」が音もなく這い進んでいた。
ルナミス帝国裏社会の精鋭、暗殺者ギルド『黒の牙』。
彼らは全員が、光の屈折を利用した帝国軍の最新鋭『対魔力ステルス迷彩』を纏っていた。
(……ダッジ伯爵も、焼きが回ったな。たかが辺境の村一つ潰すのに、俺たち50人をフル動員するとは)
部隊を率いるリーダーの男は、暗視ゴーグル越しに静まり返ったポポロ村を見下ろし、舌打ちをした。
自分たちの雇い主は、昨日謎の経済攻撃を受けて全財産を失い、発狂寸前で彼らを雇った。標的は村のインフラ設備と、村の幹部たちの首。
(ステルス迷彩で防衛線を抜け、寝込みを襲って皆殺しにする。……簡単な仕事だ)
リーダーがハンドサインを出し、部隊が一斉に村の境界線へと踏み込もうとした、その時。
『ピーッ。はい、そこまでー』
突如として、彼らのイヤーカフ(無線機)に、場違いなほど軽い少女の声が響いた。
「なっ……!? 通信回線がハックされた!?」
リーダーが驚愕する。
『ステルス迷彩とか、いつの時代の遺物? こっちの熱源とマナ・トラッキングの複合センサーの前じゃ、裸で歩いてるのと同じだよ。……というわけで、お出迎えの二人をそっちに送ったから。せいぜい楽しんでね!』
少女(蘭)の通信が一方的に切れた直後。
彼らの前方の岩の上に、一つの影がヌルリと立ち上がった。
「……チッ。わざわざ出向いてやったんじゃ。少しは楽しませてくれや、帝国の三流ども」
雲が晴れ、月光がその男の姿を照らし出す。
漆黒のタクティカルベストを着込んだ坂上信長が、義正から貰った赤マルを指で弾き飛ばし、獰猛な『狂犬の牙』を剥き出しにして笑っていた。
「見つかったぞ! 撃てェッ!!」
リーダーの絶叫と共に、50人の暗殺者たちが一斉にアサルトライフルと魔導銃の引き金を引く。
だが、彼らの弾丸が岩を砕くよりも速く、信長の姿はフッと掻き消えていた。
「おせぇ!!」
「がはァッ!?」
最後尾にいた暗殺者の顔面に、信長の特殊警棒がフルスイングで叩き込まれた。
頭蓋骨が砕ける嫌な音が響き、ステルス迷彩がショートして男の姿が露わになる。
「ヒャハハハッ!! どうした、プロの殺し屋じゃろうが! もっと速く動かんと、ただの的じゃぞ!!」
信長は血しぶきを浴びながら、文字通り『狂ったように』笑い声を上げた。
親父譲りの北辰一刀流の歩法と、レンジャー部隊のCQC(近接格闘術)。彼は敵の銃弾の雨の中を、まるでダンスを踊るようにすり抜け、次々と暗殺者たちの関節をへし折り、喉を掻き切っていく。
動。暴力。血と火薬の匂い。
信長の圧倒的な戦闘力に、暗殺者たちは完全にパニックに陥った。
「バ、バケモノかこいつ……ッ! 距離を取れ! 包囲して一斉掃射だ!」
リーダーの指示で、数人の暗殺者が信長から距離を取り、死角から銃口を向けた。
信長が別の敵の首を折っている最中。完全に無防備な背中。
「もらったァッ!!」
暗殺者が引き金を引こうとした、その瞬間。
『ズドンッ!!』
『ズドンッ!!』
暗闇の奥から、二発の重い銃声が響いた。
信長の背後を取ろうとしていた暗殺者二人の眉間に、正確無比な『風穴』が開き、彼らは音もなく地面に崩れ落ちた。
「……あ?」
リーダーが間抜けな声を漏らす。
「騒がしい」
闇の中から、赤いジャケットを羽織った男が、一切の足音を立てずに歩み出てきた。
鬼神 龍魔呂。
その右手に握られた『Korth NXS / Ranger』の銃口からは、一筋の紫煙が立ち昇っている。
「な、なんだこいつは……どこから……!?」
暗殺者たちが龍魔呂に銃を向ける。
だが、龍魔呂は走ることも、身を隠すこともしなかった。ただ無造作に歩きながら、信じられないほどの精密さで引き金を引いていく。
『ズドンッ』
「ぎゃあっ!」
『ズドンッ』
「ひぃぃッ!?」
弾道予測、風向き、敵の呼吸。そのすべてを完全に計算し尽くした、一切の無駄がない殺戮。
信長が血と炎の中で狂笑しながら暴れ回る『動の暴力』だとするなら、龍魔呂は氷のように冷たく、感情の欠片も見せずに命を刈り取る『静の暴力』だった。
一瞬の静寂。
血の海と化した荒野の中央で、信長と龍魔呂が背中合わせになる形で交差した。
「オドレ、射線に被っとるわい! 俺の獲物まで撃つなや、処刑人!」
信長が、顔に付いた返り血を拭いながら悪態をつく。
「……黙って合わせろ、駄犬。お前の動きが大きすぎるから、フォローしてやっているんだ」
龍魔呂は信長を一瞥もせず、無表情のままKorthのシリンダーを振り出し、空になった薬莢をチャリン、と地面に落とした。
まったく正反対の戦闘スタイル。
事前の打ち合わせなど一切ない。
だが、この二人は『同じ地獄の底』を知る修羅同士だった。お互いの呼吸と殺意を本能レベルで理解し、完璧な死のコンビネーションを即座に構築していた。
「ひ……ひぃぃぃ……ッ!」
残りわずかとなった暗殺者たちは、恐怖で完全に戦意を喪失していた。
自分たちは狩る側だと思っていた。だが違う。ここは、絶対に足を踏み入れてはいけない、二頭の頂点捕食者の檻の中だったのだ。
「……俺たちの『月』が眠ってるんだ。これ以上、騒がせるな」
龍魔呂の死んだ瞳が、暗殺者たちを冷酷に見据える。
信長が、血塗れの警棒を肩に担いで、三日月のように目を細めた。
「そういうこっちゃ。……さて、地獄への特急便、残り15名様。出発の時間じゃぞ」
ポポロ村の静かな夜の裏側で。
二人の化け物による、一方的で、あまりにも残酷な蹂躙が、最後の幕を下ろそうとしていた。




