EP 8
引き金と、次元を割るコンテナ
息が、できない。
輝夜は、あまりの重圧にその場に膝をつきそうになった。
龍魔呂の全身から噴き出す『赤黒い闘気』。それは単なる魔力やオーラではない。
怒り、絶望、そして極限の飢え。彼が地下格闘場で何十人もの命を奪い、凄惨な血の海を歩き続けてきた『死の記憶』そのものが、物理的な質量を持って周囲の空気を押し潰していたのだ。
「りゅ、龍魔呂さん……っ、だめ……戻ってきて……ッ!」
輝夜が叫ぶが、その声はもう彼には届いていない。
虚空を見つめる彼の瞳は、光の届かない深海のように濁りきり、一切の感情(人間性)が完全に抜け落ちていた。
『――対象オブジェクトに異常なエネルギー値を確認。エラー。世界律に該当しない規格外の力場です』
空中の純白のドローン群が、眼下の龍魔呂の異常性に気づき、一斉に銃口を向けた。
だが、それより速く。
龍魔呂の右手に輝く『鬼王の指輪』が、次元の彼方へと強烈なシグナルを発信した。
『――空間歪曲警報! 輝夜、危ない! 下がって!!』
蘭の悲鳴のような警告が飛んだ直後。
ポポロ村の広場の上空、ドローン群が作り出したガラスのような空間の亀裂とは全く異なる、暴力的な『漆黒の次元の裂け目』がバリバリと音を立てて引き裂かれた。
「な、なんじゃあれは!?」
信長が目を見張る。
裂け目の奥にいるのは、別次元の要塞に引きこもる龍魔呂の熱狂的信者にして、狂気の天才発明家『ガジェット』。
主の完全なる殺意(DEATH4)の覚醒を検知した彼が、次元の壁をぶち破って『それ』を射出したのだ。
ズドォォォォォォォォンッ!!!!!
隕石のような速度で降ってきた巨大な鋼鉄のコンテナが、龍魔呂の目の前の地面に深々と突き刺さった。
『ピシュゥゥゥッ……!』
圧縮空気の抜ける音と共に、コンテナが十字に展開する。
中から現れたのは、光すらも吸い込むような漆黒の『強化アーマー』と、男のロマンと狂気を具現化したような重火器の山だった。
「……ユウを、いじめるな」
うわ言のように呟きながら、龍魔呂がコンテナの中へ足を踏み入れる。
瞬間、無数の機械アームが生き物のように蠢き、彼の体に漆黒のアーマーを強制的に装着していった。
背中には多連装ミサイルポッド。両腕にはガトリングガン。そして右手には、彼の魂の半身である愛銃『Korth NXS / Ranger』。
赤黒い闘気がアーマーの動力と完全にリンクし、装甲の隙間から地獄の業火のような光が漏れ出す。
「……ウソだろ。おい、蘭。あんなデタラメな兵器、地球のデータベースにあるか?」
義正が、咥えていた赤マルを落としかけながら呟く。
「ないよ! なにあの装甲……物理法則も魔法の概念も完全に無視してる! 理不尽の塊だよ!!」
『――排除を実行します』
ドローン群から、先ほど信長の弾丸を消滅させた『存在抹消の閃光』が一斉に放たれた。
何十条もの光の雨が、漆黒のアーマーを纏った龍魔呂へと降り注ぐ。
「龍魔呂さぁんッ!!」
輝夜が悲鳴を上げる。
だが。
閃光が龍魔呂の体に触れた瞬間。
彼の全身を覆う『赤黒い闘気』が、神の理の閃光を、文字通り「喰い千切って」しまった。
『――エラー。データ削除、無効。エラー。対象の力場により、演算が、拒絶、され……』
無機質な電子音が、初めて困惑したようなノイズを鳴らす。
鬼王の指輪が放つ闘気。それは『全ての事象を無効化し、蹂躙する』という、世界律すらもへし折る絶対的な拒絶の力。
「……しね」
漆黒のアーマー――冷酷なる処刑人『DEATH4』が、ゆっくりと右腕を上げた。
Korthの銃口が、空のドローンを捉える。
『ドォォォォォォンッ!!!!!』
放たれたのは、単なる銃弾ではない。
赤黒い闘気を極限まで圧縮した、破壊の奔流。
たった一発の銃撃が、夜空に展開していた数十機のドローン群を、空間の亀裂ごと跡形もなく消し飛ばしてしまった。
「……すげぇ。だが……マズいぞ」
信長が、背筋に冷たい汗を伝わせながら特殊警棒とハンドガンを構え直した。
敵を瞬殺したDEATH4。
だが、彼の瞳に理性は戻っていない。
孤児院の子供たちの鳴き声が続く限り、彼の殺戮本能は止まらない。
ギギギ……と、漆黒のアーマーが次に銃口を向けたのは、防衛フィールドの発生装置――つまり、ポポロ村の中枢そのものだった。
「義正……! 村が消し飛ぶ前に、俺たちであの化け物を『鎮圧』するぞ」
「……チッ。高くつく夜勤になりやがった」
義正が新しい赤マルに火をつけ、蘭のタブレットから防衛システムの制御権を強制的に引き継ぐ。
世界の理すら凌駕する暴走殺人鬼を前に、練馬の狂犬と資本の修羅が、命懸けの足止めに打って出た。




