EP 4
ハーレーの背中と、死んだ瞳
秋の高く澄んだ空の下、ポポロ村の広場に重厚なエキゾーストノートが響き渡った。
漆黒の車体に無骨なクロムメッキが光る、大型のクルーザーバイク。義正が地球のスキルで取り寄せた『ハーレーダビッドソン』だ。
それに跨る龍魔呂は、赤いジャケットの襟を立て、エンジンをアイドリングさせながら出発の準備をしていた。
「龍魔呂さん、ルナミス帝国へ買い出しですか?」
書類を抱えた輝夜が、小走りで駆け寄ってきた。
「……あぁ。店(鬼龍)の香辛料と、野菜の種が足りない」
「私も一緒に行ってもいいですか? ちょうど、村で必要な日用品のリストがあって」
輝夜が尋ねると、龍魔呂は短くため息をつき、シートの後ろに括り付けてあった予備のヘルメットを無造作に放り投げた。
「……乗れ」
それだけを告げて、前を向く。
輝夜は嬉しそうにヘルメットを被り、龍魔呂の後ろに跨って彼の腰にそっと手を回した。
『ドゥルルルルルンッ!!』
凄まじい加速と共に、ハーレーが荒野の街道を疾走する。
風を切り裂きながら、輝夜は目の前にある龍魔呂の背中に頬を寄せた。
広くて、力強い背中。
だが、その背中越しに伝わってくる体温は、どこか致命的に『冷たい』ように感じられた。
誰にも触れさせず、誰も寄せ付けない、分厚い氷の壁。その奥底で、彼がたった一人で凍えているような、深い孤独の匂いだった。
◆ ◆ ◆
ルナミス帝国の巨大スーパー『タロウマート』。
100均文明の恩恵を受けたこの国には、地球の地方都市並みの流通網が整っている。
買い出しを終えた龍魔呂の両手には、信じられないほど大量の荷物が軽々と提げられていた。
「ごめんなさい、龍魔呂さん。私の分まで持ってもらって……すごく重いでしょう?」
「……これくらい、どうということはない。ただの歩荷だ」
龍魔呂は表情一つ変えずに歩く。
その整った横顔と、赤いジャケットのアンバランスな魅力に、すれ違う帝国の女性たちが次々と振り返り、頬を染めていた。
(本当に、歩いているだけで絵になる人ね……)
と輝夜が少しだけ可笑しく思いながら、駐車場のハーレーへと向かっていた、その時だった。
「おっ、お姉さん! すっげぇ美人じゃん!」
突然、三人のガラの悪いゴロツキが、輝夜の行く手を塞いだ。
帝国の治安の死角をうろつく、ハイエナのような男たちだ。
「おいおい、なんだその陰気な男は? 荷物持ちか? そんな奴ほっといて、俺たちといい事しようぜぇ」
ゴロツキの一人が、下卑た笑いを浮かべて輝夜の腕を掴もうと手を伸ばした。
その瞬間。
『――――』
世界から、音が消えた。
輝夜の目の前にいたゴロツキの動きが、完全に凍りついた。
「…………あ?」
ゴロツキの眉間に、冷たく重い『鋼鉄』が押し当てられていた。
ドイツ製の最高級リボルバー。Korth NXS/Ranger。
荷物を片手に持ったままの龍魔呂が、瞬きするよりも速い速度で懐から銃を抜き、男の額に銃口を突きつけていたのだ。
問題は、銃そのものではない。
龍魔呂の瞳から放たれる、文字通り『絶対的な死』の気配。
底なしの泥沼のように暗く、冷たく、一切の感情が抜け落ちた『死んだ瞳』。
彼の背後には、幻覚のように赤黒い闘気――処刑人『DEATH4』の片鱗が、揺らめいて見えた。
「……はじかれたいのか? 消えろ」
一切の抑揚がない、地獄の底から響くような声。
このまま引き金を引くことに、彼は一ミクロンの躊躇いも抱いていない。ゴロツキたちの生存本能が、それを正確に理解した。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!!」
「ば、化け物だァァッ!」
ゴロツキたちは腰を抜かし、悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
静寂が戻った駐車場。
龍魔呂は、ゆっくりと銃を下ろした。
(……やってしまった)
と、彼は内心で自嘲していた。カタギの女性、それも心優しい輝夜の前で、この血塗られた本性を見せてしまった。
「野蛮だ」「暴力は嫌い」と、軽蔑の目を向けられるだろう。当然だ。俺は、そういう生き物なのだから。
龍魔呂が、自ら壁を作るように背を向けようとした、その時。
「……龍魔呂さん」
輝夜の、静かで、どこまでも優しい声が響いた。
龍魔呂が振り返ると、彼女の瞳には怯えも、軽蔑の色もなかった。
あるのはただ、深い悲しみと、慈しみの色。
「……今、すごく泣きそうな顔で、銃を構えていたわね」
「……っ!」
龍魔呂の心臓が、大きく跳ねた。
誰もが恐れ、化け物だと忌み嫌った自分の殺意。
その奥底で、かつて弟を守れずに泣き叫んでいた『無力な少年(自分)』の存在に、この女性は、一瞬で見抜いて触れてきたのだ。
「誰かを傷つけたいわけじゃないのに……あなたはいつも、自分をすり減らして、誰かのために引き金を引いているのね」
輝夜はそっと手を伸ばし、銃を握ったままの龍魔呂の震える手に、自分の温かい手を重ねた。
「……ッ」
龍魔呂は弾かれたように手を引っ込め、逃げるようにハーレーへと歩き出した。
表情は読めない。だが、彼の耳の先が、微かに赤く染まっているのを輝夜は見逃さなかった。
「……帰るぞ」
「はい」
ヘルメットを被る彼の背中は、行きよりも少しだけ、その厚い氷の壁が溶けかけているように見えた。
二人の乗ったハーレーが、夕陽に染まる荒野を駆け抜けていく。
彼が抱える本当の地獄の蓋が開くまで、あと少しの時間が残されていた。




