EP 3
修羅たちの晩酌と、見えない傷痕
ポポロ村の夜は深い。
輝夜たち女性陣が帰り、静寂を取り戻した小料理屋兼BAR『鬼龍』の扉が、カランと低く鳴った。
「……邪魔するぜ」
「まだ開いとるか、大将」
入ってきたのは、仕立ての良いスーツを着崩した力武義正と、漆黒のタクティカルベストを着込んだ坂上信長の二人だった。
女性客で賑わう昼間とは全く異なる、血と硝煙、そしてヒリつくような『暴力』の匂いを纏った客。
カウンターの奥でグラスを磨いていた龍魔呂は、手元の動きを一切止めることなく、静かに視線を向けた。
「……酒か」
「あぁ。強いやつを頼む」
二人がカウンターに腰を下ろす。
義正は懐から赤マルの箱を取り出し、信長は無言で店内を見渡した。
その瞬間。
信長のレンジャー部隊で鍛え上げられた極限の『生存本能』が、背筋に冷たい警鐘を鳴らした。
(……なんじゃ、この男の歩法は)
龍魔呂がバックバーから酒瓶を取る動き。グラスを置く動き。
ただそれだけなのに、信長の目には、彼から『隙』という概念が完全に欠落しているように見えた。
体重の移動、足の運び、そして呼吸のタイミング。そのすべてが、いつでも相手の急所を的確に破壊できる『殺し』の理合いで構成されている。
「……大将」
信長が、低い声で尋ねた。
その声には、無意識のうちに親父譲りの凄みが、広島弁となって滲み出ている。
「おどれ……どれだけの死線を潜ってきた?」
店内の空気が、ピンと張り詰めた。
一触即発の緊張感。
だが、龍魔呂は表情一つ変えず、ロックグラスに丸い氷を滑り立たせた。
カラン、と涼やかな音が響く。
「……ただの、料理人だ」
龍魔呂は琥珀色の酒を注ぎ、信長の前に静かに差し出した。
嘘ではない。今の彼は料理人だ。だが、過去の死線の数を、彼自身もとうに数えるのをやめていた。
「……フッ。違いねぇ」
隣でジッポライターを鳴らした義正が、紫煙を吐き出しながら低く笑った。
義正は武闘派ではない。信長のように、筋肉の動きから相手の戦闘力を測ることはできない。
だが、資本主義という名の血みどろの戦場で、数え切れないほどの人間を破滅に追い込み、また救ってきた『算盤の鬼』だ。
人間の内面に隠された『地獄』を見抜く眼力において、彼の右に出る者はいない。
義正の目は、龍魔呂の哀愁を帯びた瞳の奥に、決定的な『欠落』を見ていた。
親の愛を知らず、泥水をすすり、絶対的な理不尽の中で大切なものを奪われた人間の、底なしの飢えと絶望。
(……こいつ、相当な地獄で煮込まれてきやがったな。俺や信長なんぞとは、根本的に『住んでいた世界』が違う)
義正は黙って酒を煽り、タバコの灰を落とした。
言葉は不要だった。
お互いが、それぞれの領域で頂点を極めたプロフェッショナルであり、決して触れてはならない傷を抱えていることを、肌で理解し合っていたからだ。
「……チッ」
龍魔呂もまた、彼らが単なる村の居候ではないことを悟っていた。
この二人は、自分と同じ『修羅』の側に立つ人間だ。あの無防備で危なっかしい輝夜という女を、裏から支え、守り抜くだけの圧倒的な力を持っている。
龍魔呂はブラックコーヒーを一口飲み、傍らの小瓶から取り出した角砂糖を、ガリッと無造作に齧り砕いた。
「おい、大将」
ふと、義正が龍魔呂の右手に視線を落として言った。
その指にはめられた、鈍い赤黒い光を放つ無骨な『指輪』。
「……その指輪、地球の技術じゃねぇな。だが、この世界の魔道具とも違う。明らかに『未知の規格』で設計されてる」
義正の指摘に、龍魔呂の目が微かに細められた。
『鬼王の指輪』。
熱狂的な信者である天才発明家・ガジェットが作り上げた、彼の命綱であり、同時に破滅へのトリガー(DEATH4)を制御するアーティファクト。
「……知る必要はない。ただの、護身用だ」
龍魔呂が短く答えると、義正はそれ以上踏み込むことはしなかった。
ただ、その目に商社マンとしての鋭い光を宿す。
「そうか。……なら、良い。だが、もしそいつの『メンテ』や『弾薬(物資)』が必要になった時は、俺に言え。どんなルートを使ってでも、最高品質のものを揃えてやる」
それは、義正なりの最大級の『敬意』と『同盟』の証だった。
信長も酒を飲み干し、ドンッとグラスを置く。
「ま、何かあったら遠慮なく頼れや。輝夜の美味い飯場を守るのも、用心棒の仕事じゃけぇの」
「……お節介な奴らだ」
龍魔呂は呆れたように小さく息を吐き、二人のグラスに新しい酒を注いだ。
言葉は少ない。馴れ合いもない。
だが、そこには確かに、同じ『月』の光に惹き寄せられた男たちだけの、奇妙で、そして強固な連帯感が生まれ始めていた。




