EP 10
社内恋愛小説と、神の理の胎動
翌朝。
ポポロ村の中央広場には、美しい土下座の姿勢で震える純白のウサギの姿があった。
「ご、ごめんなさぁぁぁぁいっ!! 私、満月になるといつもやりすぎちゃって……!」
キャルルは兎耳をぺたんと折りたたみ、涙目で地面に額を擦り付けていた。
その周囲には、アバロンの強硬派傭兵だった百人の屈強な男たちが、整然と正座をしている。
「頭を上げてください、姉御ォ! 昨夜の熱いヤキ入れと、女神のような全回復の輪廻……俺たち、生まれ変わった気分っス!」
「これ、俺たちの全財産と、近隣の森で採れた最高級のニンジンっス! どうかポポロ村の末席に加えてくだせぇ!!」
「ううぅ……怒ってないならよかったけど……」
キャルルが恐る恐る顔を上げる横で、義正が高速で算盤を弾いていた。
「よし。アバロンの傭兵の身柄と装備、全部売り払えば結構なポイントになるな。お前ら、今日からポポロ村の開墾部隊(タダ働き)だ。死ぬ気で働け」
「「「喜んでェェェッ!!」」」
信長は少し離れた場所から、完全に洗脳された傭兵たちを見て、深い溜息をついた。
「……武力で国を落とすより、あのバカウサギを敵陣に放り込んだ方が早かったかもしれんな」
「ふふっ。でも、これで難民の人たちの安全も確保できたし、結果オーライね」
輝夜が微笑みながら、朝食の準備に取り掛かる。
◆ ◆ ◆
数時間後。
平和を取り戻したポポロ村のテントで、キャルルは一人、熱いお茶と醤油煎餅を齧りながら、一冊の分厚い本を読み耽っていた。
『聖獣機神ガオガオンの社内恋愛事情は辛いよ。』
ルナミス帝国で爆発的なベストセラーとなっている、泥沼の恋愛小説である。
作者は『女神ルチアナ』という謎の同人作家だ。(※キャルルたちは知らないが、本物の女神が小遣い稼ぎのために神界の暴露本を書き下ろして下界に売り捌いているのである)
「バリボリ……ふむふむ。やっぱり朱雀ちゃんは業が深いなぁ……」
キャルルは真剣な顔でページをめくる。
【作中の一幕】
四聖獣の紅一点である朱雀(通称:サークルクラッシャー)は、リーダーであるガオンのことを激しくライバル視していた。
自分の味方(派閥)を増やすため、朱雀は純情な白虎に「ねぇ、今からラブホに行こうよ♡」とちょっかいを出して付き合う素振りを見せる。
しかしその裏で、朱雀は真面目な青龍を言葉巧みに丸め込み、自宅のマンションに連れ込んで浮気(不倫)を繰り返していたのだ。
さらに、そのドロドロの愛憎劇に巻き込まれたメンヘラ気味の玄武が、
「どうして朱雀は私のことを構ってくれないの!? もうリストカットするから!! ガオンには関係ないでしょ! 放っておいてよ!」
と、深夜のファミレスで号泣しながら大暴れする始末。
そんな崩壊寸前のメンバーをまとめ上げなければならないリーダーのガオンは、胃薬を大量に水で流し込みながら、天を仰いで独白する。
『……どうして俺は、こんな厄介な奴らと「暗黒合体」して、聖獣機神ガオガオンにならなきゃいけないんだ……転職したい……』
「……っていうか、このガオンさん、可哀想すぎるよね」
キャルルが煎餅を飲み込みながら呟いた。
「何読んでるの、キャルルちゃん?」
蘭が、タブレットから顔を上げて尋ねる。
「ルナキン(ファミレス)の常連仲間に借りた同人小説! この世界を作ったっていう聖獣機神ガオガオンが、実は社内恋愛のドロドロで胃を痛めてるっていうコメディなんだけど、すっごくリアルなの!」
「へー。神様がサークルクラッシャーに悩まされるロボットアニメみたいな話? 異世界の人たちも変な妄想するんだね」
蘭が笑って自分のタブレットに視線を戻した、その時だった。
『……ピピッ……ピピピピピピッ!!』
突如、蘭のタブレットが真っ赤な警告色に染まり、見たこともない複雑な魔方陣のコードが画面を埋め尽くした。
「えっ……? なにこれ」
蘭の顔から、いつもの余裕が消え失せた。
「蘭ちゃん? どうしたの?」
「輝夜……ちょっとマズいかも。ポポロ村の防衛フィールドの更に外側、この『世界のシステム根源』から、直接のアクセス(干渉)が来てる」
「世界のシステム? 帝国のハッキング部隊か?」
義正がタバコを消して近づく。
「違う。もっと巨大で、圧倒的な権限を持った何か。私たちが地球の『医療プラント』や『防衛兵器』を大量に召喚したせいで、この世界の『管理者』のセキュリティに引っかかったみたい」
蘭のタブレットの画面に、幾何学的な紋様と共に、無機質な文字列が浮かび上がる。
【警告:指定座標(ポポロ村)にて、過剰なオーバーテクノロジーの展開を確認】
【環境法および古代ローマ法違反の疑いあり】
【『聖獣機神ガオガオン・システム』――調停・観察モードへ移行します】
「……聖獣、機神、ガオガオン?」
キャルルが持っていた同人誌をポロリと落とした。
「えっ? 小説のキャラクターじゃないの……? 本当にいるの!?」
「みたいだね。しかも、ドロドロの社内恋愛をしてる場合じゃないくらい、私たちにマジギレしてるっぽい」
蘭が、冷や汗を流しながら苦笑する。
人間の国『ルナミス帝国』を経済で蹂虤し、圧倒的な力で新たな独立国家を築き上げた四人のプロフェッショナルと、一人のポンコツ村長。
だが、彼らの規格外の振る舞いは、ついにこの世界を管理する『真の理』を目覚めさせてしまった。
「……面白ぇ。世界の理だろうが神だろうが、俺たちの顧客にするだけだ」
義正が、新しい飴玉を口に放り込んで噛み砕く。
輝夜が、決意を込めた瞳で空を見上げた。
最強の裏方たちによる異世界改革は、国家の枠を越え、ついに『神のシステム』との直接対決へと突入していく。




