EP 9
地獄と天国と、無限のヤキ入れ輪廻
「あ……が、あ……」
クレーターの底で、アバロン傭兵部隊の隊長ガドーは血の泡を吹いていた。
全身の骨が砕け、息をするのもやっとの状態だ。もはや剣を握る力はおろか、逃げ出すことすら不可能。
彼の意識が暗い死の淵へと沈みかけた、その時だった。
「むぅー。みんな、ボロボロになっちゃったね」
キャルルが、ガドーの顔を覗き込んだ。
その兎耳はピンと立ち、瞳には一切の濁りがない。純度100パーセントの善意の眼差しだ。
「これじゃあ、ちゃんと『反省』できないよね。よしっ、私が治してあげる!」
キャルルが両手をかざすと、満月の光が彼女の掌に収束し、温かな光となってガドーの体を包み込んだ。
月兎族の秘伝回復魔法。
その圧倒的な治癒力は、砕けた骨を瞬時に繋ぎ合わせ、内臓の損傷を跡形もなく修復していく。
「……な、なんだ? 痛みが……消えた?」
ガドーは信じられない思いで立ち上がった。
体が軽い。呼吸も苦しくない。それどころか、魔法の恩恵で力が漲ってくるのを感じる。
(このウサギ……俺たちを哀れんで回復させたのか? 馬鹿め、この隙に後ろから……!)
ガドーが邪悪な笑みを浮かべ、落ちていた短剣に手を伸ばそうとした瞬間。
「はいっ! 全回復おめでとう!」
キャルルが、満面の笑みでガドーの肩をポンと叩いた。
「じゃあ、他所の村のひとたちをいじめた『お仕置き』の続き、いっくよーっ!!」
「……は?」
『ドグシャァァァァッ!!』
キャルルの放った『月影流・顎砕き(闘気を纏った膝蹴り)』が、全快したばかりのガドーの顎を無慈悲にカチ上げた。
ガドーの体は錐揉み回転しながら宙を舞い、再び地面に叩きつけられる。
治ったばかりの全身の骨が、再び粉々に砕け散った。
「ぎぃやあああああああっ!? い、痛ぇぇぇぇっ!!」
「ああっ! また怪我しちゃったの!? 大変だ、すぐ治すね!」
キャルルが慌てて回復魔法をかける。
『ピカーン!』
「ハッ!? 治っ……た……?」
「よかったぁ! じゃあ次のお仕置きね! 『鐘打ち』ッ!!」
『メキョバァァァッ!!』
「あばばばばばばっ!!」
「大変だ! 治すね! えいっ!」
『ピカーン!』
「よし治った! 悪い子は反省して! 『破衝撃』ッ!!」
『ドゴォォォォン!!』
「ぎゃああああああああっ!!」
◆ ◆ ◆
それは、この世の理から完全に逸脱した、理不尽極まりない地獄の光景だった。
「ひ、ひぃぃぃぃっ……!!」
周囲で倒れていた傭兵たちは、回復と破壊を秒間隔で繰り返される隊長の姿を見て、恐怖に顔を引き攣らせていた。
気絶することすら許されない。死んで逃げることも許されない。
痛みという『地獄』と、全回復という『天国』を反復横跳びさせられる、究極の拷問。
「はーい、そこのみんなもちゃんと並んでー! 順番に反省会するからねーっ!」
キャルルが、満面の笑みで傭兵たちに手招きをする。
「い、いやだ! 許してくれ! 俺たちが悪かったァァッ!!」
「うわああああっ! 来るな、悪魔! 白い悪魔だァァァッ!!」
泣き叫ぶ百人の屈強な傭兵たちを、ポンコツ村長はマッハ1の速度で次々と追い回し、殴っては治し、蹴っては治しを繰り返した。
五分後。
「……姉御ォォォォォォッ!!」
ポポロ村の防衛フィールドの前。
かつてアバロン王国で最も恐れられた強硬派傭兵部隊の面々は、キャルルに向かって一斉に土下座(五体投地)をしていた。
全員、怪我は一つもない。顔色もツヤツヤだ。
だが、その目には絶対的な恐怖と、謎の『恍惚感』が入り混じっていた。
「俺たちが間違っておりやした! 姉御の熱いヤキ入れと慈悲深い癒やし……五臓六腑に染み渡りやした!!」
「どうか俺たちを、ポポロ村の末席に加えてくだせぇ! 一生ついていきやす、姉御ォォッ!!」
「うんうんっ! わかってくれたならいいんだよ! 次からはみんなと仲良くするんだよ!」
キャルルは満足そうに頷き、ポケットから苺飴を取り出して舐め始めた。
◆ ◆ ◆
その様子を、少し離れた森の中から見ていた信長は、特殊警棒をそっと地面に置いた。
「……親父の訓練が、可愛く思えてきたわい。あれは軍隊なんぞが出会っていい生き物じゃねぇ」
練馬の狂犬すらドン引きする、圧倒的なサイコパス教化。
「おい、信長。敵は片付いたか……って、なんだあの異様な集団は」
遅れて合流してきた義正が、タバコを咥えたまま目を白黒させている。
「見ちゃいけん、義正。アレはもう『宗教』じゃ」
「……お前がそこまで言うなら、触れないでおくか」
義正は算盤をしまい、呆れたようにため息をついた。
かくして、ポポロ村を襲った最大の危機は、満月のポンコツ村長の『終わらないお仕置き』によって、斜め上の方向へ大団円を迎えたのだった。




