EP 6
満月の夜と、迫る第三勢力
その夜、アナスタシア世界の夜空には、不気味なほど大きく、そして美しい『満月』が浮かんでいた。
「ふふふーん♪ なんだか、すっごく体が軽いぞー!」
ポポロ村の中央広場。
全快したキャルルが、ピョンピョンと軽快なステップを踏みながらシャドーボクシングをしていた。
特注の強化靴が空気を裂き、鋭い風切り音を鳴らす。
その兎耳はいつも以上にピンと直立し、瞳の奥にはギラギラとした強い光が宿っていた。
「おい、あのバカウサギ、退院したばかりなのになんちゅう動きしとるんじゃ」
プレハブの屋根の上で警戒任務に就いていた信長が、呆れたように眼下を見下ろす。
「月兎族は、満月の夜になると魔力と身体能力が跳ね上がるらしいわよ。テンションもね」
輝夜が温かいお茶を片手に微笑む。
「……なるほどな。エネルギーが有り余って暴走状態になるってわけか。迷惑な種族だ」
義正が赤マルに火をつけながら、広場で無駄にバク転を繰り返すキャルルを見て息を吐いた。
とはいえ、平和な光景だ。
医療プラントによる治療を終えた数万人の難民たちは、村の外縁部に設営された巨大な仮設テント群で、支給された毛布に包まって泥のような眠りについている。
あとは明日、彼らの居住区をシステムで構築すれば、ポポロ村は巨大な独立国家として完全に機能し始めるはずだった。
だが、甘い蜜の匂いは、必ず新たな害虫を引き寄せる。
◆ ◆ ◆
ポポロ村から数キロ離れた、深い森の中。
暗闇に紛れ、百人を超える武装集団が息を潜めていた。
ルナミス帝国と敵対する隣国、アバロン。その中でも特に好戦的な『強硬派』の傭兵部隊である。
「……見ろ。噂は本当だった」
傭兵隊長のガドーが、獰猛な笑みを浮かべてポポロ村の防衛フィールドを睨みつけた。
「ルナミスを出し抜いた正体不明の要塞。そして、万病を治す秘薬と、見たこともない兵器の山……あそこは宝の山だぜ」
ガドーは巨大な戦斧を肩に担ぎ、舌舐めずりをした。
彼らは数日前の『帝国軍の敗北』と『ポポロ村の繁栄』の噂を聞きつけ、ハイエナのように国境を越えてきたのだ。
「隊長、村の周りに難民のテント群がありますぜ。防衛の魔導壁の外側に配置されてるみたいです」
「好都合だ。あの難民どもを『肉の盾』にすれば、村の中から強力な魔導兵器を撃ってくることはできねぇ」
傭兵たちは、ゲラゲラと下劣な笑い声を上げた。
彼らにとって、他国の難民など虫ケラ同然。
ポポロ村の富と技術を奪い、アバロン本国へ持ち帰れば、一生遊んで暮らせるだけの金と地位が手に入る。
「野郎ども、月明かりを背にして進め。難民どもを血祭りに上げ、あの温室育ちの要塞をぶっ潰すぞ!」
◆ ◆ ◆
『ビーーーーッ! ビーーーーッ!!』
ポポロ村の中枢テントで、蘭のタブレットが再びけたたましい警告音を鳴らした。
「敵襲! 北東の森から、武装した集団が接近中!」
「ルナミスの報復か!?」
信長が即座にライフルを手に取る。
「違う、武装の形式がアバロン王国軍のものだよ! しかも……」
蘭の指がキーボードを叩き、空中に現地の映像を投影した。
「防衛フィールドの『外側』……難民キャンプのすぐ真横から侵入してきてる!」
「なっ……!」
輝夜が悲鳴のような声を上げた。
外の仮設テント群には、数万人もの非戦闘員が眠っている。
「チッ、卑劣な真似をしやがる……!」
義正がタバコを灰皿に叩きつけた。
フィールドの内にいる輝夜たちは安全だが、このままでは外の難民たちが一方的に虐殺される。
「信長! 防空ミサイルは使えるか!?」
「アホか! 敵と難民の距離が近すぎる! 爆発の巻き添えで難民が吹き飛ぶわ!」
信長が顔を歪めながら、CQC用の装備を身につける。
「遠距離火器は使えん! 俺が単身で突っ込んで、難民の盾から引き剥がすしかない!」
「待って、信長君一人じゃ数が……!」
緊迫するテント内。
だが、その時。
『ドガァァァァァァァァンッ!!!!!』
突如として、防衛フィールドの一部が内側から『物理的な蹴り』によって強引にこじ開けられ、凄まじい衝撃波が村中に響き渡った。
「な、なんじゃ!?」
信長たちが外を見ると、プレハブの屋根の上に、一人の少女が立っていた。
満月の青白い光を一身に浴び、純白の兎耳を夜風に揺らす、ポポロ村の村長。
「……悪い奴らが、私の村のひとたちを、いじめてる」
キャルルの瞳の焦点は、どこか遠くを見つめるように虚ろだった。
だが、その全身からは、以前信長と対峙した時とは比べ物にならない、パチパチと紫電を伴う異常な『闘気』が溢れ出している。
「あーあ」
蘭がタブレットを置き、少しだけ楽しそうに呟いた。
「満月でハイテンションになったウサギさん、リミッター外れちゃったみたい」




