EP 5
甘いお菓子と、義正の特等席
純白の天井と、微かに聞こえる電子音。
ふかふかのベッドの上で、キャルルはゆっくりと目を覚ました。
「……んっ、ここは……?」
「目が覚めたか、バカウサギ」
声のした方を向くと、ベッドの脇に置かれたパイプ椅子に、長い脚を組んで座る男がいた。
力武義正だ。
病院内だからかタバコは咥えておらず、代わりに不機嫌そうに飴玉を転がしている。
その目の下には、うっすらと隈ができていた。
「よ、義正さん……! 私、そうだ、難民の人たちが……!」
キャルルが慌てて跳ね起きようとした瞬間、義正の大きな手が彼女の頭を乱暴に押さえつけた。
「寝てろ。難民なら全員ピンピンしてる」
「えっ……」
「俺がポイントを全額ぶち込んで出した『最新型医療プラント』だぞ。あんな擦り傷や栄養失調、半日もあれば全自動で完治だ。死者はゼロ、今は外の炊き出しで豚汁のおかわり待ちをしてる」
義正の言葉に、キャルルはポカンと口を開けた。
数万人の重傷者や病人が、たった半日で完治。
魔法の常識すら置き去りにする、資本と現代医療の圧倒的な暴力。
「よかった……本当によかった……っ」
安堵から、キャルルの大きな瞳にじわじわと涙が滲んでいく。
そんな彼女の顔の前に、スッと小さなプラスチックの容器が差し出された。
「……食え。糖分が足りてねぇだろ」
それは、地球のショッピングスキルで取り寄せた『超高級・特製とろけるプリン』だった。
「ぷ、ぷりん……!」
キャルルは兎耳をピンと立て、震える手でスプーンを受け取った。
一口すくって、口に入れる。
「…………〜〜〜っ!!」
卵の濃厚なコクと、バニラビーンズの芳醇な香り。
そして、舌の上で雪のように溶けていく、暴力的なまでの甘さ。
「お、おいしぃぃ……! なにこれ、ルナキン(ルナミスキング)のパフェより何百倍も美味しい……っ!」
キャルルは涙と鼻水を流しながら、プリンを無我夢中で頬張った。
血を吐くまで限界を超えていた体が、極上の甘味によって細胞レベルで癒やされていく。
「ゆっくり食え。喉に詰まらせるな」
義正は呆れたように言いながら、キャルルの人参柄のハンカチを手に取り、彼女の口元についたカラメルを乱暴に拭った。
その手つきはガサツだが、不思議なほど温かい。
「あのね、義正さん」
「なんだ」
「ありがとう。私……村長だから、私が全部なんとかしなきゃって、ずっと焦ってて……」
「馬鹿野郎」
義正はキャルルの額を、デコピンするように軽く弾いた。
「いってっ」
「いいか。お前が血を吐いて作った薬で助かる命なんて、たかが知れてる。それは自己満足だ」
義正の厳しい言葉に、キャルルはシュンと耳を伏せる。
だが、続く義正の言葉は、酷く甘く、不器用なものだった。
「……助けたい奴がいるなら、俺の『算盤』を使え。お前はもう、自分の身を削らなくていい。俺がお前の分まで、全部計算して利益(笑顔)に変えてやる」
冷徹な商社マンの、不器用すぎるプロポーズのような宣言。
キャルルは目を丸くした後、プリンの空容器を置き、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「……うんっ。よろしくお願いします、義正さん!」
キャルルはポケットをごそごそと探り、小さな『苺の飴玉』を一つ取り出した。
そして、それを義正の大きな手のひらにコロンと乗せる。
「これ、私のお気に入りの飴。義正さんにあげる!」
「……俺は地球の高級な飴玉しか舐めねぇぞ」
「いいからいいから! 疲れた時は甘いものが一番なんだからっ」
キャルルが無邪気に笑う。
義正は小さくため息をつきながら、その安っぽい苺飴を口の中に放り込んだ。
『ガリッ』
「……まあ、悪くはねぇな」
窓から差し込む秋の柔らかな日差しの中。
病室という義正の特等席で、二人の間には、何にも代えがたい温かな時間が流れていた。
だが、この束の間の平和が、迫り来る『次なる脅威』への嵐の前の静けさに過ぎないことを、彼らはまだ知らなかった。




