EP 3
ポンコツ村長と、難民の押し寄せる村
「ご、ごめんなさぁぁい! 私、てっきり村が悪い奴らに乗っ取られたのかと……!」
テントの中。
誤解が解けたキャルルは、輝夜の淹れた紅茶と二杯目の苺パフェを前に、兎耳をぺたんと寝かせて平謝りしていた。
「あはは、気にしないで。誰だって村があんな要塞になってたら驚くわよね」
「輝夜は甘すぎるんじゃ。俺は殺されるところじゃったぞ」
「でも信長君、ちょっと楽しそうだったよ?」
「……まあ、久々に骨のある蹴りじゃったからな」
信長が肩をすくめ、蘭がクスクスと笑う。
キャルルは村の長老たちから、この数週間の出来事――野盗の撃退、帝国への経済侵略、そしてこの要塞都市の建設について説明を受け、目を丸くしていた。
「すごい……みなさん、本当にただの裏方なんですか? 帝国をあんな形で出し抜くなんて」
「俺たちはただ、輝夜の理想を形にするために算盤を弾いただけだ」
義正が赤マルを吹かしながら答えた。
キャルルは義正の整った横顔と、その大人の余裕に少しだけドキッとする。
だが、和やかなティータイムは長くは続かなかった。
『警告。防衛フィールド外部に、大規模な難民の群れを確認。その数、約三万』
蘭のタブレットが、冷たい電子音を発した。
「三万!? ルナミスの民が、もうそんなに押し寄せてきたのか!」
信長が双眼鏡を手に外へ飛び出す。
防衛フィールドの外には、帝国の圧政や貧困から逃れてきた民衆たちが、地平線を埋め尽くすほどの大行列を作っていた。
「みんな、ボロボロだわ……! 長旅で倒れている人もたくさんいる!」
輝夜が悲痛な声を上げる。
義正が舌打ちをした。
「食料や居住区の準備は進めているが、医療品が追いつかねぇ。地球から一気に薬を取り寄せるには、ポイントが足りないぞ」
ゴルド商会を通じて薬を売ってはいるが、三万人規模の重病・重傷者を一斉に治療するだけの備蓄はない。
システムがパンクしかけていた。
「なら、私の出番ね!」
キャルルがパフェの匙を置き、勢いよく立ち上がった。
「キャルルちゃん? 何をする気?」
「私、こう見えても回復魔法が得意なの。村長として、苦しんでる人たちを放っておけないから!」
キャルルは全自動農業プラントに駆け込み、大量の『陽薬草』を抱え込んで難民たちの元へ走った。
彼女は倒れている難民のそばに膝をつくと、陽薬草を両手で包み込んだ。
「月の光よ、命を紡ぐ力になれ……!」
キャルルの兎耳が淡く発光し、その力が陽薬草に注ぎ込まれていく。
月兎族の秘伝、『月光薬』の生成だ。
「さあ、これを飲んで!」
キャルルが薬を飲ませると、青ざめていた難民の顔色がみるみるうちに血色を取り戻し、深い傷すらも瞬く間に塞がっていった。
「おお……! 痛みが消えたぞ!?」
「神様……神の使いのウサギ様だ……!」
「神様じゃないよ。ポポロ村の村長、キャルルです! 次の人、どいてどいてー!」
キャルルは文字通り風のような速度で難民たちの間を駆け回り、次々と月光薬を作り出しては与えていく。
その姿は、まさに慈愛の天使だった。
だが。
『ゴホッ……!』
数十人目の治療を終えた時。
キャルルの口から、唐突に赤黒い血が吐き出された。
「キャルルちゃん!?」
「だ、大丈夫……! 月光薬は私の生命力を削って作るから、ちょっと体力を持っていかれただけ……っ」
キャルルは口元の血を乱暴に拭い、無理やり笑顔を作った。
「私、頑丈なのが取り柄だから! これくらい平気、まだやれるわ!」
そう言って、彼女は再びフラフラと立ち上がり、次の難民の元へ向かおうとする。
自分が血を吐いてでも、目の前の命を救わなければならない。
彼女の根底にある『自己犠牲の精神』が、ブレーキを完全に壊していた。
「……おい」
その背中を、義正が冷たい声で呼び止めた。
彼の手の中にある赤マルの箱が、ギリギリと握り潰されている。
「お前、自分が何をしてるかわかってんのか」
義正の目は、かつてないほどの鋭い怒りを孕んでいた。
彼の内側にある『算盤』が、激しい不快音を立てて狂い始めていた。




