EP 3
監視社会の綻びと、冷徹なる内務官
ルナミス帝国の中枢、内務省の地下。
窓一つない巨大な空間には、無数の魔導スクリーンが青白い光を放っていた。
ここは帝国の心臓。
国民の「QR決済(L-Pay)」の履歴から、魔導通信石の通話記録まで、すべてを監視する場所だ。
「オルウェル内務官。経済特務室から緊急の報告が」
神経質そうな部下が、書類を手に早足で歩み寄る。
「……なんだ」
オルウェルは、冷徹な目でスクリーンを見つめたまま短く応じた。
帝国において、大衆心理とは管理されるべき数字の羅列にすぎない。
情報と資本を握る彼にとって、予想外の出来事など起こるはずがなかった。
「ここ数週間、帝国内における『低所得層』の資金移動に、異常な偏りが見られます」
部下が魔導スクリーンにグラフを投影する。
「既存の糧食や粗悪なポーションの売上が激減」
「代わりに、出所不明の『ジャーキー』と『陽薬草エキス』に、莫大な銅貨と銀貨が流出しています」
オルウェルの眉が、ピクリと動いた。
「出所不明だと? ゴルド商会の流通網を通っているのだろう?」
「は、はい。しかし、ゴルド商会の帳簿をハッキングして調査したところ……」
部下は恐怖に顔を引きつらせ、ある地名を口にした。
「利益の九割が……あの辺境の『ポポロ村』へ送金されていました」
オルウェルの冷たい目が、微かに見開かれた。
ポポロ村。
数週間前、戦闘力ゼロの無能な異邦人四人を追放した、掃き溜めのような村だ。
「……ただの偶然ではないな」
オルウェルは頭の中で、爆発的な速度で思考を回転させた。
大衆は愚かだ。
だからこそ、日々の小さな快楽と、法という恐怖で管理しなければならない。
だが、この『ポポロ・ブランド』は違う。
圧倒的な品質と、適正な価格。
帝国の民衆は今、皇帝への忠誠ではなく、ポポロ村の生み出す「胃袋の幸福」と「健康」に支配されつつある。
「……見事だ」
オルウェルの口から、氷のような賞賛が漏れた。
「武力ではなく、市場の独占による国家の簒奪。奴らは無能などではない」
「これは、帝国に対する極めて高度な『経済侵略』だ」
背筋が凍るようなオルウェルの声に、部下が震え上がる。
「ど、どう対処しますか!? 騎士団を派遣して物理的に――」
「馬鹿め。今あの村を潰せば、安価な薬と食料を奪われた民衆が暴動を起こす」
オルウェルはスクリーンの前を歩き、冷酷な決断を下した。
「首を真綿で絞める。ゴルド商会のメイン口座を即時凍結しろ」
「そして、ポポロ村一帯の『魔導通信網』を完全に遮断するのだ」
帝国のインフラを用いた、絶対的な権力の発動。
「金脈と情報網を絶たれれば、いかに優秀な商人であろうと身動きは取れまい」
「飢えて孤立したところを、静かに処理しろ」
「はっ! 直ちに実行します!」
オルウェルの非情な命令が、電脳魔導網を伝って帝国全土へと発信された。
圧倒的な内政と経済で快進撃を続けていたポポロ村に。
帝国という巨大なシステムからの、冷酷な鉄槌が振り下ろされようとしていた。




