EP 2
商社のエースと、圧倒的ポポロ・ブランド
「……おい、なんだあの要塞は。聞いていた話と違うぞ」
大陸屈指の大企業『ゴルド商会』の支店長バルドは、馬車の窓からポポロ村を見て息を呑んだ。
貧しい農村のはずが、太陽の光を反射する強固な建物と、見たこともない滑らかな道が広がっている。
「支店長、奴らから取引の申し出がありました。……買い叩きますか?」
「当然だ。田舎者のまぐれ当たりだろう。ゴルド商会の力を見せつけてやる」
バルドは傲慢に笑い、村の中央に設営された白いテントへと足を踏み入れた。
テントの中では、スーツ姿の男――義正が、淹れたてのコーヒーの香りを漂わせながら待ち構えていた。
「よく来たな。座れよ」
「ふん、異邦人風情が。我々ゴルド商会を呼びつけるとは良い度胸――」
「前置きはいらない。これを見ろ」
義正はバルドの言葉を遮り、テーブルの上に二つの瓶を置いた。
「なっ……これは、陽薬草のエキス!? しかも、この純度はなんだ!」
バルドの目が血走った。
陽薬草といえば、最高級ポーションの原料だ。
だが、瓶に入った液体は、バルドが知るどんなものよりも透き通っていた。
全自動農業プラントによる完璧な温度・湿度管理のもとで栽培された、奇跡の品質。
「ルナミス帝国の貴族に売れば、金貨百枚は下らないぞ……!」
バルドの喉がゴクリと鳴る。
義正はもう一つの瓶を開けた。
「こっちは『ポポロ・ジャーキー』だ。食ってみろ」
「ジャーキーなど、保存食だろうが。そんな安物……ん?」
バルドは一口かじり、言葉を失った。
異世界の肉に、地球の『塩』と『粗挽きコショウ』、そして『秘伝のスパイス』が完璧な配合で染み込んでいる。
「う、美味すぎる……! 肉の旨味が、魔法のように口の中で爆発する!」
「そうだ。闘気使いの冒険者や兵士たちが、これを食えばどうなる?」
「間違いなく病みつきになる! 軍の糧食として独占契約を結べば、莫大な利益が……!」
バルドは完全に主導権を奪われ、義正の提示する品に魅了されていた。
「よし、独占契約を結んでやろう。ただし、利益の七割は我がゴルド商会が貰う!」
商人の本能で、バルドは強気の条件を吹っかけた。
田舎者には相場がわからないはずだ、と。
だが、義正は表情をピクリとも変えず、コーヒーを一口飲んだ。
「利益の九割はポポロ村が貰う。流通の運賃だけはそっちにくれてやる」
「な、なんだと!? ふざけるな! そんな条件で誰が……」
「なら、他の商会に持ち込むだけだ。だが、お前たちの損失はそれだけじゃないぞ」
義正が、冷たい目でバルドを見据える。
「俺たちがこれを他所に流せば、ルナミス帝国におけるゴルド商会の『薬』と『食料』のシェアは、三ヶ月で完全に崩壊する」
「……っ!」
「乗るか、潰れるか。今ここで決めろ」
それは交渉ではない。完全な脅迫だった。
だが、バルドの商才が「義正の言葉は真実だ」と告げていた。
この品質の前に、既存の商品はすべてゴミと化す。
「……くそっ、わかった。その条件でいい!」
バルドが悔しげに頷く。
だが、義正の要求はそれだけではなかった。
「もう一つ条件がある。この薬とジャーキーは、帝国の富裕層ではなく、一般市民や下級兵士に『適正価格』で広く売り捌け」
「はぁ!? 高く売れるものを、なぜわざわざ安く……」
「目先の利益しか見えない三流が」
義正はポケットの飴玉を取り出し、ガリッと噛み砕いた。
「これは『インフラ』にするんだよ。帝国の民衆全員が、俺たちの薬と飯がなきゃ生きていけない体にする。薄利多売で完全に市場を握り潰すんだ」
富裕層から搾り取るのではない。
適正価格で広く民衆を救う。
そう、それこそが輝夜の望む『人助け』であり、システムから莫大な『善行ポイント』を継続的にむしり取るための最強のメソッドだった。
「……あ、悪魔め……」
バルドは震える手で、契約書にサインをした。
現代商社のマクロ経済の論理が、ファンタジー世界の商人を完全に屈服させたのだ。
『ピロンッ!』
【特大の善行を確認:適正価格による広域医療・食料支援ルートの開拓】
【継続的善行ボーナス:毎秒 10pt の自動獲得を開始します】
「よし、商談成立だ」
義正は算盤をチャラリと鳴らし、にやりと笑った。
ポポロ村の経済侵略が、今、圧倒的な速度でルナミス帝国へ向けて放たれた。




