第二章【経済侵略と情報戦(サイバー・ウォー)】
チートの代償と、算盤の鬼
建国宣言から一夜明けた、ポポロ村の朝。
いや、もう「村」とは呼べないかもしれない。
朝日を反射して輝く、整然と並んだ高強度プレハブ住宅。
屋根には太陽光パネルが並び、全自動農業プラントが静かに稼働音を立てている。
「す、すごい……蛇口をひねるだけで、綺麗なお湯が出るぞ!」
「トイレが……臭くない! それに便座が温かい!」
村人たちは、地球のインフラ設備に感動し、あちこちで涙を流していた。
「ふふっ、みんな喜んでくれてよかった」
私は、新設した広場のベンチでコーヒーを飲みながら微笑む。
信長は朝から全自動プラントで焼かれた食パンを五枚一気食いし、蘭はタブレットを見ながら棒付きキャンディを舐めていた。
最高の朝だ。
すべてが順調に回り始めた――そう思った、その時だった。
『ピーーーーッ! ピーーーーッ!』
突如、蘭のタブレットと、村の中央の電子ボードからけたたましい警告音が鳴り響いた。
「な、なんじゃ!? 敵襲か!?」
信長がトーストをくわえたまま、対物ライフルを構える。
「違うよ。システムからのアップデート通知」
蘭が、無感情な声で画面のテキストを読み上げた。
【インフラ設備の継続運用を確認】
【※重要:地球設備の維持・稼働にはエネルギー変換が必要です】
【インフラ維持費:30日ごとに 10,000pt が自動引き落としされます】
「……はい?」
私から、間の抜けた声が漏れた。
【現在の累計ポイント残高:1,500pt】
【※次回の引き落とし時、残高不足の場合は全設備が機能停止します】
「い、いちまんポイントぉぉっ!?」
村長が白目を剥いて倒れそうになる。
「な、なんじゃそりゃ! 昨日のボーナス、防衛設備と家でほとんど使い切ったぞ!」
「あはは。まあ、電気代とミサイルの維持費だね。妥当なランニングコストだよ」
焦る信長に対し、蘭はどこ吹く風でキャンディを舐めている。
「妥当じゃないわよ! 30日以内に10,000pt稼げなかったら、村が石器時代に戻っちゃう!」
私が頭を抱えた、その時。
『カチッ』
ジッポライターの小気味よい音が響いた。
ベンチの端で、力武義正が『赤マル』に火をつける。
「騒ぐな。お前ら、商売の基本を忘れたのか?」
義正は紫煙を細く吐き出しながら、冷たく笑った。
「借金や維持費ってのはな、逃げるもんじゃない。それ以上の利益を出すための『起爆剤』だ」
義正は吸いかけのタバコを携帯灰皿で揉み消す。
そして、ポケットから新しい『飴玉』を取り出し、口に放り込んだ。
『ガリッ』
飴玉を噛み砕く、鋭い音。
それが、商社のトップエースだった彼が『本気』になった合図だった。
「戦ってポイントを稼ぐのは効率が悪い。俺たちは『ビジネス』をする」
義正の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く細められた。
「輝夜、お前の目標は『誰もが笑って過ごせる世界』だったな?」
「え、ええ。そうよ」
「だったら、その『笑顔』を世界中にバラ撒いて、対価をむしり取るぞ」
義正が指を鳴らすと、蘭が空中に村の特産品のデータを投影した。
「全自動プラントで量産体制に入った『陽薬草(最高級ポーションの原料)』」
「そして、地球の調味料で加工した『ポポロ・ジャーキー』」
「これらを、俺たちを追放したルナミス帝国の市場へ直接流し込む」
「えっ……でも、帝国は敵よ?」
「だからいいんだ。敵国の民衆を病気と飢えから救う。これ以上の『特大の善行』があるか?」
義正の悪魔的なロジックに、私はハッと息を呑んだ。
「武力で国を落とせば恨まれる。だが、経済と胃袋を握れば、奴らは喜んで俺たちに依存する」
「俺たちがこの世界を、丸ごと俺たちの顧客にしてやる」
義正が算盤をチャラリと鳴らす。
「さあ、忙しくなるぞ。まずは帝国の物流を牛耳る『ゴルド商会』を落とす」
剣も魔法も使わない。
地球の圧倒的な『資本主義の論理』による、異世界経済の侵略が、今静かに幕を開けた。




