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未曾有の野心が湧いてきたぞ


「ゆきとくーん。そろそろ説明してくれるかなあ?」


 背後の主賓からクレームが届く。

 お怒りはごもっとも。


 そもそもこんな情緒不安定の狂戦士を派遣してくる上司の黒澤が悪い。上司が怠っていた部下のメンタルケアとインセンティブを代行してやったのだから、俺は悪くない。むしろ手数料を請求したいくらいだ。

 とか言う主張が由香里に通用するはずもなく。


「えーと、こちらの神崎さんは、警察官でありながら死神から請け負う仕事もする特殊な人間さんなんです」


 人間さんてナンダヨと鼻紙が飛んてくる。


「あのね、もうちょっとわかりやすくお願い」


 本当に死神から何も教えられていないようだ。

 むしろそうした人の方が多数派なのかもしれない。


「今日これから、由香里さんの実験終了について検分が行われます。そのために死神や人間の関係者が集まるので、由香里さんを含めた彼らの警護をする人たちなんです」


「それって、危険な事なの?」


「いえ、それほどでも。ちなみに、死神の天敵であるムシって知ってますか」


 首を横に振っている。

 由香里の中に感じたムシの気配は、今はもう消えている。

 俺の実験の勝利。絶対に言わないけども。


「私、それが終わったら死ぬの?」


 そこなんだよね。

 実際俺も知らないから、知らないと言うしかない。


「死神との契約が満了となるだけです。貴方の生命とは直接関係しませんのでご安心ください。それと、手続きはお子様にも気づかれない間に終わりますので、ご心配せず普通にお過ごしください」


 やればできるじゃんよ綾乃!

 格好良いよ素敵だよ、最初からそういうキャラをキープできたら俺も惚れちゃうのにさあ。

 まことに残念なお姉さんだ。


「……そうなんですね。ありがとうございます」


 腑に落ちた感じではなさそうだが、楽しい一日の前に不安を助長することは回避できたようだ。

 隣の残念美人戦士が上司からどこまで説明を受けているかは知らないが。


「それで。特殊な人間さんの神崎さんから何者なのか問われるゆきと君は、やっぱり特殊な悪魔なわけ?」


 ああ、やっぱ蒸し返すか。


「ま、まあ呼び方は様々で。既に十分な報酬を頂いてますから、今日は由香里さんに楽しい時を提供するコンシェルジュとでも思ってください」


 報酬? と隣から疑惑の視線。

 背後からは剣呑な空気が。


「楽しい時? 今日死ぬかも知れないと思ってる私の前で、あんな刺激の強い話をされて楽しめるとでも。コンシェルジュさん?」


 若い人たちからエネルギーをもらうって言うじゃないですか。

 ちょっと道徳的にはアレで、法的にもアウト気味かもなので息子さんには聞かせられないでしょうけど、大人のエッセンス的な、ホルモンバランス整える的な、そういった楽しみ方のご提案なんです。言えないけども。


「ごめんなさい。反省します」


 素直でよろしい。と、どうにかご容赦いただいた。


「それと、神崎さん?」


「は、はい」


「これは女として先輩からのアドバイスです」


「え、えと……」


「避妊しなくていいわ。赤ちゃん作っちゃいなさい」


 衝突回避。自動ブレーキ再発動。

 クルマよ由香里も止めてくれ。


「ふぇ……、ええっ!」


「いつ居なくなるかも知れないオトコにやきもきするなんてムダよ。可愛い赤ちゃんさえ手に入れれば、人生他には何も要らなくなるから」


 あくまで個人の意見であり人生の価値を断定するものではありません。

 もの凄く焦って世の中に弁解したくなる俺。


 なんてことしてくれてんだよ、折角いい感じに仕上がった戦士綾乃がまたスクラップじゃねえかよ!


 確かにあれは腹が立つほど優良遺伝子なのは認めるけどさ、だからって生き急ぐ必要はないわけで。所詮空気読まないクズだから、「子種? いいよ、あげるあげる!」みたいな感じでいつでも手に入るってば。

 どうやってフォローしようか迷ったが、杞憂だった。


「それは、私の身の丈を超えた幸せですね……」


 困り気味な笑みを浮かべるお姉さんは、普段の自分自身を思い出したかのように落ち着きを取り戻すのだった。


   *   *   *


 目的地に到着。

 近くのはずがとんでもなく遠出に感じる移動だった。生きてて良かった。


 ここは桜川グリーンパーク。

 元は県立自然公園だったのを数年前に再開発と同時に民営化したそうだ。

 遊歩道やサイクリングロードが綺麗に整備され、フードコートや遊具レンタルなどのサービス施設も充実。目玉は県下を一望できる観覧車。

 家族でリーズナブルに余裕で一日過ごせる場所だけあって、土日となれば駐車するだけでも一苦労の混雑……。


 ガッラガラなんですけど。


 前回も登場した業者トラックが駐車場を占拠。

 園内へ向かって歩いて最初に現れる広場にはテントがずらり。『作戦本部』の立看板が遠慮なく置かれている。

 これには由香里もドン引き。


 待ち構えていた黒澤がお辞儀をして、こちらへどうぞとテントの中を指し示す。

 由香里も軽く頭を下げ、誘導されるがまま歩いていく。

 俺も続こうとすると、後ろのお姉さんから背中をつつかれる。


「ね、さっきあの人、今日死ぬかもとか言ってたけど、どういうことなの?」


「まあ、そんな感じの人なんです」


 案の定、黒澤から説明されてないようだ。

 でもよく準備してくれたようだし。俺が責めるのは筋違いというもの。


「とてもそんな状態には見えないんだけど」


 ごめん。それは俺も黒澤に説明してない。


「正直な話、死神が由香里さんをどうするつもりなのか俺も知らないんです。本当に寿命が尽きるなら仕方なし。でも、不当に人間の尊厳を奪うような行為があれば、俺は全力で抗うつもりです」


 お前がソンゲンとか言っても説得力ないわ、みたいな白けた目で見られる。

 なんでわかってくれないかな。

 普段ちゃらんぽらんがたまにシリアスになるからカッコいいのに。


「あたしの尊厳ズタボロにしといてよく言うよね」


「いやいや、綾乃さんは尊厳も容姿も美しいままなので」


 ギッと睨んでくるも、すぐに肩を落として嘆息する。


「今日は野次馬が多いんだから、キミの本気とか勘弁してよね。流石に庇い切れないわよ」


 あら優しい。

 なんかその仕方ないなあ的な呆れ顔も親しみがある。

 思い出せないけども。


 黒澤は由香里に軽く自己紹介を済ませると、事務的なやり取りを進める。


「まずご本人の確認をとらせていただきます。お名前と生年月日をよろしいでしょうか」

「はい。瀬戸内由香里です。生年月日は————」


 続いて実験の契約時期、実験の内容、実験の事前説明は受けたかなどのヒアリング。

 どうやらこれはオブザーバーとしての仕事のようだ。


「それでは新薬の実験に参加した動機は、保証はなくともご本人の延命効果を期待してとのことで間違いありませんね?」


「はい。それと、娘の心臓の病気もその薬で改善する可能性があると教わりましたので」


「……なるほど」


 黒澤は頷きながら書類に書き込んでいく。

 由香里の記憶によれば、以前に死神の予言が気になり美羽を医者に診てもらったことがある。確かに不整脈が確認されたが、さほど心配は要らないと言われていた。だが、父親の死因が心臓の疾患だったことが不安を掻き立て、今も重い心の負担になったままだ。


 素人の俺から見ても魂の薬が心臓の病気に効くとは甚だ疑問だが、縋りたくなる気持ちも理解できるから何も言えない。


「最後に。直近で夢の中などで何か要求を受けることはありましたか?」


 由香里の頬がぴくりと動いた気がする。


「えっと、その、昨夜、別の新しい薬の実験に参加しなさいと話がありました」


 なぜ急に口ごもり、黒澤から目を逸らしているのだろう。


「契約したのですか?」


「してません。ゆきと君から無視して構わないと言われていたので……。そのあと、魂が離れないとかよく分からない難癖をつけられて喧嘩になって、言い争っているうちに目が覚めちゃいました」


 顔を赤くしている。別に恥ずかしがる事でもないと思うが。

 しかし死神相手にタイマン張るとはなかなか。

 何か言えないほどやんちゃしたのかもな。


「そう、ですか」


 俺を見るな黒澤。


「あの、やっぱり死神と喧嘩したのは良くなかったでしょうか?」


「大丈夫です。問題ありませんよ」


 にこり。いい営業スマイル持ってるじゃねえか黒澤。

 俺がもっと鍛えて完璧にしてやるよ。


「事前の確認は以上です。後ほど検分がありますが、瀬戸内様に対応いただくことは特にございません。それでは、お子様と合流してください」


 我が息子善ははしゃぐ美羽に引っ張られてかけっこの最中だそうだ。

 黒澤が女性スタッフを呼び由香里の案内を命じた。

 俺も一緒に席を立つと、


「あなたはもう少し」


 引き止められた。


「なんだよ、俺コンシェルジュなんだよ、いいだろ別に」

「いいわけないでしょ」


 逃げられそうにない。

 振り返る不安げな由香里にすぐ追いつくからと先に行くよう頼んだ。

 由香里の姿が小さくなっていくのを見送る俺と黒澤。

 いい天気だ。あんなに広い芝生を独占して寝転べるとか最高だな。


 ふと、彼女の膝枕で昼寝する光景が目に浮かぶ。

 

 その瞬間、頭の中に雷鳴が轟く。

 まさにそのまま、青天の霹靂。


 おい待て。


 なんだそれ。 


 史上最っ高じゃねえか!


 いやいやいや、そんなん夢のまた夢だろ。

 しかし何だこの胸に湧く抑えきれない衝動は。

 もしかして、俺の努力次第で実現できたりするのでは。

 やべえ、急に緊張してきた。

 何をすればいい。資金はいくら用意すればいいんだ。

 いや違うぞ金じゃない。言わばこれは特級クラスのご褒美だ。

 特級に相応しいはたらきで彼女へ貢献しなくてはいけない。

 直近となればやはり文化祭か。

 彼女の期待を大きく上回る成果を叩き出してやる。

 未曾有の野心が湧いてきたぞ。

 決定だ。俺はやるぜ!


「はああああああああ」

 史上最長の溜息が割り込む。


 ぁんだよ、折角の盛り上がりに水さしてくんなよ。

 そういうところだぞ黒澤。

 もう少し相手の気分に調子を合わせる努力をだなあ……。

 長机に突っ伏して不貞寝?


「ど、どうした?」


 急に悪い事した気分に襲われる。若干心当たりがなくもないけども。

 俺の後ろでお姉さんも黒澤の態度に驚いている。


「なんなんです、あの瀬戸内由香里の魂は」


 首をごろりと転がして本気で俺を呪う目を向けてくる。


「なんだと言われてもなあ……」


「魂の残存率は三〇パーセントを切っていたはず。しかも蟲が潜んでいたはずなんですがあああ?」


 なんだやっぱり把握してやがったのかよ。

 俺だって死神の実験を邪魔する気なんか無かったし、お互いウィン・ウィンを模索するつもりでいたさ。


「つったって、姿が透けて見えるほど弱ってたんだ。仕方ないだろう」


「仕方ないで魂は半分以上まで増えたりしないんですよ! 蟲も消えてるし! いったい何をやらかしたのか正直に説明を!」


 バンバンバンとやり切れない思いを机に叩きつける黒澤。

 まずはこの温度差を埋める努力が必要そうだ。


「同じ人間同士。別に隠すほどでもないんだが、その前に。黒澤は由香里さんが死ぬことを望んでいるわけじゃないだろう。そこまで嘆く理由を教えてくれ」


 俺に言われて自分の態度が説明不足であることに気づいた黒澤は、抱える問題点をお前も飲めと言わんばかりに吐き出していく。


 まず由香里に投与された新薬について。

 既に先行していた他の実験体の結果から、殆ど効果が無いと見られていたそうだ。


 効果とは、最初にルミさんが教えてくれた『魂の混ぜ物』を除去する事だったらしい。死期の近い人間に処方することで生きているうちに混ぜ物を除去できれば、死んで回収した後の死神の手間が省けるという、やはり死神都合の薬だった。延命の効果など偶然を期待するに等しい。とは黒澤の見解。


 ところが由香里の場合、純粋な魂の量が増えたので相対的に混ぜ物の比率が減り、絶大な薬の効果に見えてしまう。なるほど。そのくらいの算数は俺にもわかる。

 誤解されぬようそれが別の要因であることを報告せねばいかんと。


 しかし俺が実験体に接触した事で魂の量が増えたと説明する方が困難。

 事と次第によっちゃ俺の監視担当役として責任を問われる事態に。


 やばいじゃん。


 次は由香里の中に居たムシについて。

 かなり強力な変異体なので処分するよう仕事の受注があったのだそう。


 だからこれだけの大掛かりな準備をしたというのに、いざ当人を確認してみればムシの影も形もない。となれば当然依頼はキャンセルされるので、今日の準備に掛かった膨大な費用は回収不可能。大赤字。

 出世して早々、エグゼクティブマネージャーとしての責任問題に。


 やばいじゃん。


「危機的状況だな、黒澤」


「わかってもらえて何よりです。ヒトゴトで笑えるでしょう」


 前回もそうだったが、わりとすぐ不貞腐れるよなコイツ。

 どうするかは別として、俺も質問に答えなきゃだな。

 とはいえ、言葉だけで信用されるかどうか。

 振り向き、実践を試みる。


「綾乃さんの魂、少しダメージがあるようですね」


「キミ、見える人なの?」


「はい。素人に毛の生えた程度の能力ですけど」


 思春期に毛が生えるほどのチカラではない。


「この間の硬いヤツに殴られた影響が、まだちょっと残ってるんだよ」


 バツが悪そうに教えてくれる。

 あの大鎌持った気持ち悪いムシな。覚えてるよ。

 俺はあんな強いの間近で相手するとか絶対無理だ。

 お疲れだったね。そんなお姉さんのために。


「大変でしたね。このお茶、口つけてないんで飲んでください」


 俺の前にあった紙コップを差し出す。


「え、なんでよ」


「あんなに大泣きしてたから喉乾いたでしょ?」


「う、うっさいな!」


 ばっと紙コップを奪い取ってグイッと飲み干した。

 やはり喉がカラカラだったようだ。

 でだ。自分でも感心するほど即効性があるんだよ。

 お姉さん、すぐに気付くも混乱中。

 それが見えている黒澤も絶句。


「まあその、こんな感じ?」


 やだやだナニコレ気持ち悪いと自分の両肩を抱くお姉さん。

 魂は完全回復。尚も効能が残って持て余している模様。

 黒澤は俺を指差し震える。


「い、今、何を?」


「魂の栄養。ゼレとか言ったっけ。それ混ぜた」


 体液事案発生。

 どこから出したかは絶対に言わない。

 これはイリュージョンなのです。マジカル・ホンマなのです。


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