彼は戦士じゃない
こんなの報告できるわけがないと絶望して頭を抱える黒澤。
俺もできるなら黙っていて欲しいが、きっとこれも予定調和だ。
「おそらく源五郎はとっくに把握してるさ。その上で俺が行動するのを期待して瀬戸内由香里に引き合わせたに違いない。なら、俺たちは淡々と仕事をすればいい。だろ?」
「だろ、じゃないですよ。これ以上何する気です、うちのスタッフ全員を路頭に迷わす気ですか!」
「違うって。次の注文に備えてくれってことだよ。わかるだろ」
黒澤はプロだ。素人の俺が予想する程度の事は見通して、可能性のひとつとして備えているだろう。それが間違ってはいなさそうであるのを、公園の周囲に死神が群がっている現場の状況が物語っている。
あいつらも俺たちを見ている。だから口には出さないし、俺は人間による人間のための行動を貫く。
「やってられません。よかったらウチに勤めませんか。僕の役職継いでください」
「あいにく実験中の身なんでな。また今度誘ってくれ」
ぜったいにこんな上司嫌だからと黒澤に噛み付くお姉さん。
元気になってよかった。今日も全力のヒャッハーに期待。
「ところで、源五郎は来てないのか?」
「居ますよ。あそこに。特等席だそうです」
指差す方向を見遣れば、老人ホームのマイクロバスのようだ。
公園内を周回できる道路に堂々と停車中。
なるほど、A席しか取れない外周の連中と違って、SS席に陣取れる奴らは階級が違うということか。
バスの中には七つほどの気配を感じる。
そうか。あの中に我が女神を狙った愚か者が居るわけだな。
「ちょっと挨拶してくるわ」
「だ、め、で、すってば!」
思い出すとどうにも気が立ってくる。
いっそ奴ら全部を槍で射抜いてやろうかとさえ思うほどだ。
カラカラとディーゼルエンジンのアイドリング音が漏れ聞こえる、エアコンの利いた車内。思い思いの席に座る老齢の七人はひっそりと外を眺めている。
「あ、なんかこっち向いたわ。ここへ来る気かしら。……引き止められてるし。や、すごい殺気よ、ねえねえ、射ってくるかも」
「えっちゃんさ、みんな見えてっから実況しなくていいって」
「だってシゲル君、黙ってると落ち着かないのよ」
問題の人間を初めて目にする悦子は、剥き出しの敵意に久しぶりの刺激を覚えて興奮気味になっている。
人間の実験体でありながら希少精霊の、しかも三体もの精霊から天然の恩恵を得た法外な存在が、他所の派閥が管理する厄介な爆弾を抱えた実験体に接触。
こうなっては遺憾ながらも人間ごときの一挙手一投足に神経を尖らせなければならないという意見の一致があって、老人の姿を宿にする死神達が集うものの、振る舞いは散漫としている。
実験体はそれぞれ別の管轄管理であり、かつ今回は人間の都合による事象であることが死神世界で公にされており、干渉はタブーとなっている。
更には、そのタブーを犯す現場をおさえて『特権』の簒奪を狙う無関係の死神が周囲に群がるという異常事態にまで発展していた。
「ところで、爆弾の火種が消えているようだけど。どうなってるのかしら」
悦子とは反対側の窓から外を眺める幸子が誰宛ともなく疑問を口にする。
その視線の先には、丘を走る子供たちのもとへ向かう母親の姿があった。
「強力であるが故に蟲化の進行が非常に遅い個体だったが、蟲化が止まるどころか消えてしまうとは非常に興味深い」
幸子の前席に座る修は、純粋に事実だけを見つめて好奇心を隠さない。
幸子の疑問が意図した『何者の仕業か』については運転席の側を陣取る博と久美子が引き継ぐ。
「オウジンの仕業か?」
「そんな器用なマネ無理よ。だからわざわざ弱らせてたんじゃない」
真っ先に挙げた容疑者は否定された。
「確かにな。器と中身が弱り切ってからオウジンが自分で始末する方が証拠隠滅できて都合がよかったはずだ」
茂も久美子の見解に同意し、件の死神が追い詰められつつある状況を推測した。
「本当に妙ね。実験体の魂が限界を迎えたからと急に実験検分を要求したのはオウジンなのに。実験体の状態は申告内容とかけ離れてるし、わざわざ注目を浴びる状況を作るとか理解に苦しむわ」
幸子は一層眉を寄せる。
疑問を湧かせる矛盾から導かれる結論はひとつ。
直線的な思考の茂は、迷わず単純な状況理解を示す。
「予想外の何かが起きた。ってことは、奴さん、焦ってんじゃねえの?」
「焦って急いだオウジンより、彼の行動が速かったんだね」
最後列の横長な座席に寝転んだまま正解を知らせる源五郎。
『彼』とは、言わずもがなの知れた問題の人間。
その人間が既に暗躍している事を源五郎以外の死神は気付けていなかった。
はっとする茂が手のひらで自分の額を叩く。
「源ちゃん、また隠匿かけやがったな?」
「言い掛かりだね」
ニヤリ。
「何度やられても僕には認識できないよ。隠蔽のように見えなくなるならまだしも、見えていて必要なところだけ隠すのだからタチが悪い」
修が源五郎の持つ特殊な能力を呆れながら称賛する。
「アナタ調子に乗ってんじゃないわよ。上の連中はその能力のこと薄々勘付いてるんだから!」
「そうよ。次の査問会は私じゃ庇えないから覚悟しなさいよ!」
久美子と幸子が激しく窘めるも、後ろまで声が届いてないかのような太々しい態度の源五郎。のっそりと身を起こすと、天井を見つめ眼光を発する。
そこに居る皆が、源五郎の作る天幕に覆われたことを感知した。
秘密の談義が始まる事を意味する。
「あのオウジンが追い詰められている。これがどういう状況かわかるね?」
源五郎は全員に問いかける。
悦子の口が尖り、茂は腕組み、久美子は爪を噛み、幸子は目を閉じ、修は頷く。
博は立ち上がり拒絶する。
「腐ってもオウジンは我々と同じ階級。人間如きに揺らぐ存在ではない。馬鹿げた事を言うな!」
感情に流され、目の前の現実に目を背け受け入れない。博がこの中で最も人間に毒された人間らしい存在であることを誰も指摘しない。それが死神同士の争いを防ぐ不文律であった。
「まさか、あの人間がオウジンと戦ったりするの?」
過激思考の悦子が期待を込めて源五郎に問う。
「彼は戦士じゃない。それに、死なせてしまうと、かなりヤバいんだよね……」
眼光を鈍らせ、わざとらしく人差し指で頬を掻いてみせる。
「おいおい源ちゃん勘弁しろよ。今日は野次馬の準備しかしてねえんだからよお」
源五郎がお手上げの態度を見せた時に無事で済んだ記憶のない茂はげんなりする。
野次馬の準備とは、死神が素のまま多少動き回っても蟲に気付かれないための防護境界幕の事を言っている。公園の外周に沿って設けたその境界幕には許可のない死神を中へ入れにくくする効力もある。
源五郎が隠匿と呼ばれる能力を使ってまで実験体の行動を隠した真の意図を計りかねる幸子は、苛つきを隠さず威圧を倍増させて問う。
「死なせてしまうと、なんなのよ」
幸子の威圧は恩恵由来の能力であり、死神世界でも屈指の圧力を発揮して精神的にも身体的にも屈服させてしまう。
上層階級さえも屈すると噂され『女王』の異名をもつ幸子の力は、源五郎を十分に苦しめた。
「さい……ぁく」
「最悪なんなのよ」
後席から身振り手振りでギブアップを伝える源五郎。
幸子の手加減とともに、またひとつ重い言葉が吐き出される。
「じゃなくてね、災厄」
最悪だけどね。と。
その場の皆が絶句したまま沈黙する。
カラカラとディーゼルエンジンのアイドリング音が平然としばらく続いたのち。
「なん、で、人間ひとつ死んだくらいで災厄が起きるのよ?」
動揺を隠して冷静を保っているつもりの久美子が聞き返す。
拳を振るわせる幸子の方を恐れる源五郎は、前席の陰に身を潜めるようにして理由を教える。
「『彼』に恩恵を与えた希少三精霊がね、お気に入りの人間を殺されたと知ったら激怒する。それだけだね」
「くだらん世迷言を。精霊が砂粒ひとつ消えたくらいで騒ぐものか」
「砂粒は僕らの方だよヒロシ君。この事実だけは認めた方がいいんだね」
「つったって源ちゃんよ、いきなり災厄とか極端すぎやしねえか?」
珍しく博の考えを否定する源五郎に驚いた茂は、博の方が精霊よりも先に短気を起こしては敵わないと、やんわり源五郎の主張に疑問を投げかけた。
しかし源五郎の説明は続かず、冷たく突き放すような態度へと移る。
「みんなが信じる必要はないよ。だから僕は最初から隠匿を使っている」
健全な死神であれば博のように尊厳など拘らず利害のみで判断し、行動する。
源五郎は自身が最初から健全であり続けていることを主張しており、仲間にも己の判断にもとづく健全であることを求めている。
その主張にはどの死神も否定することができない。理解さえすれば。
「源五郎のくせに難しい話しないで。あの人間だけ生かしとけばいいなら、そう言いなさいよ」
「そうだね。えっちゃんにはそう言っておくよ」
なんか馬鹿にしてるでしょと不満げな悦子だが、それ以上の追求はなかった。
しきりに考え込んでいた修は、オウジンの力を知るが故に源五郎の懸念を払拭するのは難しいと感想を漏らす。
「オウジンが形振り構わず能力を行使するとなれば、我々はともかく、外周の野次馬連中や人間を保護するのは困難かな。それに被害はそれだけに収まらない……」
人間の異常行動誘発、蟲の活性化、収穫魂の汚染、影響を挙げればきりがない。
災厄の話はともかく、そんな後始末を負わされるくらいなら。
そうした空気を読んだ源五郎はのっそりと立ち上がり顔を見せ声を掛ける。
「みんな。始まる前に合議しておきたいんだね」
それは、損害を最小化し利益を最大限に得る方針についての話し合いだった。




