わかりました。一発ヤラせてください
本音を言うと、もう少し情報が欲しかった。
多分、そう感じている俺を見越してルミさんは昨晩夢に現れなかった。
源五郎の命令かもな。
おかげで久しぶりによく眠れたけども。言えないけども。
まあそのくらい他所の死神の契約に干渉することはタブーなのだろう。
そのくせ、
『明日、瀬戸内由香里さんの実験終了検証にオブザーバーとして立ち会うことになりました』
だとか黒澤からわざわざ電話がくるあたり、裏では人間を利用して干渉する気満々なのだ。
そっちがその気ならと張り合うわけではないが、俺も黒澤をフル活用させてもらうことにした。
まず軽いところでは場所と時間を俺が指定、送迎も頼んだ。
重いところでは広い場所を選ぶのだから察してくれと。
今回の仕事はあくまでオブザーバーだからと震える声で拒絶していたが、彼方の業界では結構偉い立場へ出世したそうだから自分の裁量で判断できるよねと押し付けた。
大変だよな。わかるぞ、その気持ち。でも俺は学生だからさ、大人に助けてもらうしかないんだよ。
未成年万歳。
そんな心持ちでいた俺に対する精一杯の嫌がらせかどうかは知らないが。
今、俺と由香里は上質な乗り心地の車に乗って目的地へ護送されている。
我が息子善と美羽は前を走る黒塗り艶々の高級車で同じく護送中。
せめて俺達も同じ黒一色であったら良かったのだが。
この国で権力を知らしめる白黒ペイントにロゴ入りは流石にどうかと思う。
「警察の全面協力を頂けるのは嬉しいんですが。パトカーを家に乗り付けるのは、ちょっとご近所の目を配慮いただきたかったなと」
俺が弁当を持って瀬戸内の家に到着すると、こいつらは既に道を塞いで羅列していた。二台だけではない。前後に護衛車両を一台ずつ追加したフォーメーション。
誰が見ても事件現場だった。
「贅沢言うな。休日だったのに朝っぱらから呼び出されて、これだけ車両確保できただけでも奇跡なんだよ」
助手席からやんわり抗議するのを一蹴する運転手は、この間の騒ぎで地獄絵図と化した校庭の中をたった一人でムシ狩りをヒャッハーしていた綺麗なお姉さん。あの日舎弟に面倒を任せ見送って以来の再会。
確かに贅沢言える立場ではないんだけどね。
後席で仰天している由香里が可哀想でさ。
目を白黒させてるよ。パトカーだけに。
それにしても、この車に三人だけとは意外だった。
「黒澤は来ていないんですか?」
「もう現地入りして段取り組むのに大忙しよ」
なるほど。てっきり行きの車内で事情聴取されると思っていたのだが、いざという時の足場作りを優先したわけだな。さすがの出世頭だと素直に感心する。
逆に、事情聴取することなくそうした行動をとるということは、俺の推測は当たっている方向で考えた方が良さそうだ。
「てかキミ、ほんと何者なの? うちのボスを使役できて、イマーシブ・リソースは使い放題の許可が下りるし、あんな硬い蟲を一撃で砕くし、そう言えばあの変異体を処分した成果をあたしに譲ってくれたんですってね、おかげで儲かったわ、ありがとう」
なかなかの肺活量を誇るお姉さん。
文句なのかお礼なのか判別不能だが、なんちゃらリソースとやらは身に覚えがない。あと黒澤を使役とか本人の前では言わないように。泣いちゃうだろうから。
「ええと、どういたしまして。僕の名前は、」
「長嶺行人。名前は知ってる。あの子がユキト君ユキト君連呼してたから、嫌でも頭に残った」
あの子とは、舎弟スグルでしかない。
せっかくイケメン少年とのご機嫌デートだったのに耳を汚して申し訳ない。しかしアイツ、ほんと空気読まんよな。
そう言えば、互いにちゃんと名乗ったことはなかったか。
「そうでしたか。それで、お姉さんのお名前は?」
「神崎……。よ」
「神崎……?」
「教えない」
「綾乃さんか。やはり名前も美しいのですね」
「なっ、なんで知ってるの!」
「あの子が綾乃さん綾乃さん連呼してたので」
車が揺れる揺れる。
動揺は心の中だけにしようね。
ちょろかったもんなー。
スグルの顔は好みのどストライクだったようだし。
しかし、スグルの話によれば「仲良くなれたのにフラれちゃった」んだそうだ。
女は不可思議。
インカムで車の挙動に確認が入ったらしく、くしゃみをしただけよと苦しい言い訳をしているのが微笑ましい。
そんな俺の目を気にしてか、姿勢を正し平常心を回復させる。
と思いきや。
「……スグル君、何か言ってた?」
あらかわいい。
引き摺ってやがる。
この精神状態のまま仕事するのはよろしくない。
お姉さんの命に関わる問題だ。
こんな時はココロのスクラップ・アンド・ビルド。
「めちゃくちゃ上手で気持ち良かったと自慢されました」
「◯〒☆%#!」
心が壊れる音らしき声を初めて聴いた。
「綾乃さん? ぶつかるぶつかるブレーキ!!」
間一髪。
「っさい、クシャミだっつってんでしょ!!」
心配するインカム通信に逆ギレ。
俺もヤツから綾乃さんが綾乃さんがと聞かされた時は、出会ってその日にヤレてしまうイケメンクソガキに嫉妬してキレていたのだが。
今思い返すと、あの周防優がカワイイ子と付き合った自分を自慢することは日常でも、相手の事をあれこれと自慢してきたのは『綾乃さん』だけで、それきりの気がする。
「いいんですかね。警察のヒトが。未成年相手に」
酷く不機嫌だが声を荒げることはない。
「……。要求はなによ?」
「僕の、俺の事は詮索せず仲良くして欲しい。それだけですよ」
歯を食いしばり唇を固く閉じた横顔。
誰がこんなクソガキと仲良くできるかよと心の声が聞こえる。色は、発していない。やはりその業界には余計な色を見えなくする技があるようだ。
「本当に、それだけ?」
「はい」
まあ疑われるのは仕方ない。
何か要求を上乗せした方が自然だったか。
「わかった。でも一度だけだからね。今日仕事の後でいい?」
ん?
一度だけ?
「えっ、あっ、いやっ、それ誤解!」
まずい。大人相手だったのを失念していた。
しっかし、俺のキャラづけ、ムズいなあ。
「粘着されるの苦手なの。一度で我慢できないなら告発でも何でもすればいい」
「だから誤解ですってば。純粋にね、友だちライクに仲良くって意味だから」
「は? エロガキがなに言ってんの」
邪推だけど、歳下相手に熱を上げることが多かった人生なのかもな。
ちょっと気を許せばカラダばっかり。飽きたら急に冷たくなってどーのこーの的な。ほんと邪推で大きなお世話だけど。
「エロガキは否定しないけど俺は彼女一筋なので。こんな会話知れたらコロされるんでマジで」
「ははっ、こんな得体の知れないキミにカノジョ? 笑わせる」
なんかこう、あれだな。
よし。大人相手だし。もっと壊すか。
「わかりました。一発ヤラせてください」
「ふっ、ほーら。やっぱり」
クソ。俺の一発がそう易々と終わるなんて思うなよ。
許しを乞うても止めてやらない。
なんてな。
「ただし、相手は俺でなくスグルとやってもらいます」
「ア♫¥メ♂!」
言語化不能。
この女、どんだけスグルに拗らせてんだよ。
なぜに俺がハンドル支えないといかんのさ。
「じゃ、OKってことで」
「できるわけないじゃない!」
「なんでかな。俺とやる方が百倍嫌でしょ」
「一万倍やだよ!」
そうやって無邪気に少年の心を傷つけるわけだな。
好きでもない男はどんなに叩いても構わないという根性が好かん。
ちなみに好きでもない男から告白される気持ち悪さがどれほどのものか、過去何度となく同僚の女子から教えられてきた。それって俺に対する牽制なのと女性不信になるほどに。
「では、俺とやるよりスグルと一万倍気持ち良くなってもらうことに決定」
マジでこんな会話してんの我が女神にバレたら命ないわ。
早く建設的かつ健康的な話題へシフトしなくては。
これだけ理性ぶっ壊してやれば、自分に素直なモチベを持って……。
「無理ぃ……」
泣いてるし。
意味わからん。俺の方が泣いていい場面のはずだぞ。
「もう面倒臭いから仲良くとかどうでもいいや。責任とってください」
「どうしろって言うのよぉ」
大人だったらそのくらい自分で考えろよ、とは言わない。
スクラップが本当の廃材になってしまうからな。
ここからはビルドアップだ。
「未成年をその気にさせたんです。スグルが飽きるまで本気で付き合って、最後は綾乃さんが傷つく役。それが責任ってもんでしょ」
「そういうの、もう耐えられないんだよぉ」
もう、か。
邪推だったんだけどね。なんか申し訳ない。
「泣くほど好きになった時点で、それもう綾乃さんの死亡フラグ確定ですよ。潔く諦めたらいい」
あえて口には出さないけども、俺にはこのお姉さんが苦しむ理由に同情するところがある。こうした方面でもっとも邪魔になる能力『宣告』を持つことだ。
その気になれば、スグルが飽きるどころか一生夢中にさせることだって可能じゃないかと思う。一度でもそういった使い方をすれば自分が人間でなくなる。俺はそんな危機感を抱いている。多分、お姉さんも似たような感情があるはずだ。
そうでなければ、これほど泣けないだろう。
そしてこれからも泣けるなら、何も問題はない。
「無理だよ。歳離れてるし。スグル君がそんな気ないってば」
弱々しい。
校庭でヒャッハーしていた威勢の欠片もない。
やむなしとスマホを手にする。
テレンコテレンコ。
「よお。昨日はご苦労様。……ちゃんと読んだよ、つかなんだあの長文。要点を簡潔にまとめる練習しろよ。……で、怪我は平気か?」
スマホをあてた耳が痛くなるほど興奮して語るのは真性のクズこと周防優。
昨日は前屈みホイホイの富田嬢がまんまとホイホイしてくれたらしく、舎弟二人が体を張って守り通したという武勇伝をだらだら長ったらしく報告してきた。
なぜか土下座の写真付きで。
多少の傷はこしらえたものの、幸い大事には至らなかったようだ。
経緯はともかく家まで送り届けるというミッションをしっかり完遂してくれたので、何かしら労ってやらねばと思っていたところだ。
スピーカーをオンにしてみる。
『なんかさ、本気とか本物とか、最高だなって思ったんだよ!』
唐突に車内を響かせるスグルの声にお姉さん大興奮。
あれだ。美咲ちゃんが『推し』からファンレターの返事をもらった時と同じ顔をしている。両手で口塞ぐのやめてくれ。ちゃんとハンドル握っててよ。
「仕事をやり切ったスグルへ恩賞、というか提案なんだが。お前、その本気ってやつで神崎綾乃さんと付き合ってみないか?」
お姉さん心肺停止。
『…………』
するする、本気で付き合っちゃうよー。てな軽い感じの即答を期待していたのに、反応が鈍い。そんな人いたっけ、みたいなこと口走ったりでもされたら車が狂い走ったりするので思わず通話を切りたくなる。
だが遅れて、スグル史上最低のテンションで声が届く。
『ユキト君。綾乃さんにフラれた僕を揶揄ってるなら、ちょっと酷すぎるかな』
「質問に答えろ。向こうは歳の差を気にしている。お前次第だ」
『年齢とか関係ないでしょ。昨日あんな事があってさ、命掛けて守るなら、僕はやっぱり綾乃さんみたいな人がいいなって思った。これが答えだけど』
綾乃、震えて号泣。
この平和な国で命掛けて守るだとか寝ぼけた青臭いセリフを真面目にぶっ放す若さ。別世界でムシを狩るため命を危険に晒す女にとって、これ以上の口説き文句があるだろうか。
両手で顔塞いでるし。
両膝折り曲げて丸まってるし。
完全運転放棄。
凄いよね、今のクルマ。しっかり衝突前に自動ブレーキで止まったよ。
運転手の性格を自動判別して乗車拒否してくれると尚よろしい。
「決まりだな。あとで綾乃さんの連絡先を教えるから、全力で口説いてみせろ」
『ほんとに? 信じちゃうからね、約束だよ?』
返事はハイだけでいいんだよ。
イラついて通話切った。
漸くこれで堆いモチベが成っただろう。
「思いが叶って良かったですね。話の流れ的に綾乃さん今日死んじゃいそうだけど」
このお姉さんには煽り気味が丁度いい。
きっと頭の中はもう軍資金稼ぐことで一杯なはずだ。
「長嶺ユキト」
「はい?」
その険しく射抜くような目、なんか親しみあるんだよなあ。
思い出せん。
「一生、恨んでやる」
「あはは……。お手やわらかに」
俺が取り出したポケットティッシュを奪って鼻をかむお姉さん。
既に俺のハンドルアシストが義務化している。
助手席の足元に丸めた鼻紙捨てるのやめてね。




