14.開かれた辺境伯夫人へのルート
「……今は話せません。ですが」
「クリスに時間稼ぎでも頼まれたか?………………いや、ルイーズ嬢はこの間まで殿下の婚約者だったはずだよな。王宮から引き止めておけと指示でも出たか?」
「いいえ、私は婚約破棄された身ですから……。では、せめて辺境伯領へ戻られた後、私からの連絡を少しの間待って頂けないでしょうか」
「くどい。だからその間俺は何を信じて待つんだ? 」
(覚悟を伝える何か担保が必要よね。……命!? それは無理!えーと、何か……)
「……私、……そうだわ私が!
偽りだった時には、私が閣下に嫁ぎます!」
「…………………………は?」
辺境伯は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で腕を組んだままソファからずり落ちたが、私は構わず話し続ける。
交渉事は相手の腰が引けているうちに畳み掛けるのが定石だ。
「私を人質として交渉にも使えますし、領地の兵の士気も上がるかと……。
それに私が閣下のお子を産み、もしそのお子に青い瞳が受け継がれていれば辺境伯家に正統性が生じます」
(自分で言うのも何だけど、私って利用価値高いよね……。今、青い瞳で結婚適齢期の独身令嬢は私だけだから)
「待て、ちょっと待て、なに出産まで話を進めてる! !」
わしゃわしゃと短く刈り上げた茶色の髪を掻き狼狽した様子の辺境伯から、ひりついた雰囲気が少しだけ消えたのを感じて、私は光が見えたような気持ちになる。
「その、私のような小娘ではご不満でしょうし、亡き奥様を深く愛してらっしゃるのは存じておりますが……。そこは領地領民の為、男として堪えて頂いて割り切っ…」
「もういい、もういいから、取り敢えず落ち着け!」
辺境伯はソファに凭れ掛かると、顔を天井に向けその大きな掌で覆ってしまった。
自分が辺境伯の過去に対してデリカシーの無い事を言ってる自覚はあったけれど、他に何を言えば引き止める担保になるのか思い浮かばず、とにかく必死だった。
「一番王家が回避したい事態です。この身と引き換えなら信じて頂けますか」
「……惚れてもいない父親ほど年齢の離れた男のとこに嫁いで、自ら人質になろうってのか? ……それとも、誰かに言わされてるのか?」
「いいえ、どなたにも。第一、殿下やクリストファー様とだって、青い瞳を持つが故の政略を目的とした婚約ではありませんか」
(殿下に婚約破棄された後は、逃げる気満々だったけど……)
「……それはそうかも知れんが。女の子なんだ、結婚には夢も希望もあるだろ。そういうの諦めなくっていいんだぞ、諍いの犠牲になんぞならなくていい」
「夢、ですか? 結婚に?」
この有事にそぐわない甘い言葉に内心驚いたが、とにかく交渉を続けようと口を開いた途端、制止されてしまった。
「…………もう止めてくれ、ルイーズちゃん。おじさん泣きそうだ、多分クリスも泣くぞ」
(ル、ルイーズちゃん?)
会ったばかりの他家の令嬢である私を利用する事に動揺したり、政略結婚に心を痛めるなんて、やはり辺境伯が温かい人柄なんだと良く分かる。
(だからこそ、これ以上苦難の道を進んで欲しくない……! そんなの悲しすぎるよ)
「………………持つ者も大変だ」
その呟きは小さくて聞き取れなかった。
「閣下?」
大きく息を吐くと、辺境伯は姿勢を正し、改めて私に向き合った。
「……領地に着いて一週間なら待ってやる」
「ほ、本当ですか!」
「だがその情報とやらが嘘だったとして、王家もラムバレドもやすやすとルイーズ嬢を引き渡すとは思わんがどうするつもりだ?」
「それはご安心下さい。ラムバレド公爵とクリストファー様の目が届かない時なら、どなたにも邪魔はされません」
「なぜそう言い切れる」
「…………それは、私が守護魔法を持つ者だから、とだけでご容赦を……」
ほんの数秒だったのか、それとももっと長い時間だったのか──
私達はお互い決して逸らすことなく、強く見据えあった。
すると、閣下は少しだけその焦げ茶色の瞳を揺らすと、
「……俺だってゴートエルドの人間なんだ。甘ちゃん過ぎるのは分かってるが、その瞳に見つめられると敵わねぇ」
と項垂れながらボヤいた。
「え?」
「公爵邸を早く出たかったのもアルフレート達に絆されない為だ。その魔法を纏った青い瞳を見てるだけで、何もかも安心して信じて従いたくなる……」
「閣下? あの、私決して守護魔法を使っては……」
「分かってるさ。…………あの時、王宮から領地にすぐさま戻るつもりだった……。だが、アルフレートに声を掛けられ最後の時間を望んじまった。
その時点で賽は投げられたのかもしれんな」
「……私、お約束は必ず果たします」
自分のこの行動がゴートエルドの未来にどんな影響があるのか、きっと今は分からない。
「俺は、ルイーズ嬢が辺境伯領に足を踏み入れずに済むのを祈ってる。
…………一週間だ」
そう言って立ち上がった辺境伯は優しく目を細めると、一瞬で不敵な武将の顔付きに戻り、マントを翻してサロンを出て行った。
その威風堂々とした背中を見送ると、思わずサロンの床にへたり込んでしまう。
(……相当無謀な事をしたけど、これでクリストファー様の言ってた時間稼ぎが出来た、よね?
でも無我夢中で、つい大見得切って辺境伯夫人ルートを開いちゃったよ……どうなってるの悪役令嬢達)
「……ここが本当に乙女ゲームの世界なら、ヒロインも王子様も、少しは仕事しようよ……」




