13.幸せで平和なお伽噺の世界
その時、ドアがノックされ辺境伯が領地へ出立されるとの知らせが届いた。
「アウグスト殿が出立!? 」
「はい坊ちゃま、てっきり今夜はお泊まりになると客間の準備もしていたのですが……」
「……母上はなんと?」
「それが、急ぎルイーズ様を呼んで欲しいと仰って。流石にお休みになっておられるのではとお止めしたんですが、今侍女が客間へお声掛けに向かって…は?」
執事は話しながらも、視界の中に奥のソファに座っている私が入ったようで、大きくその目を見開いた。
「ル、ルイーズ様が坊ちゃまのお部屋に……!?」
「……とにかく、すぐ向かう。悪いがルイーズ嬢、立てるか?」
クリストファー様は、何か誤解しているらしき執事に弁解しようと一瞬迷われたが、今はその時間が惜しいと思われたようだった。
「はい」
私は震える足元をクリストファー様に支えられながら急いで玄関アプローチへと向かう。
そこには旅装を纏った辺境伯とその護衛達の姿があり、彼らからまるで出陣前の背中のように強くて固い意思を感じた私は泣きたくなる。
「アウグスト殿! さすがにこんな夜半ではなく、せめて朝まで待たれては……」
「クリス、もう止めてくれるな。お前の父親から散々言われたんだ。だが、あまり領地を空けとく訳にはいかないからな」
「ですが……!」
「ルイーズ嬢と幸せにな」
クリストファー様と辺境伯とのやり取りを横で聞きながら、私は途方に暮れていた。
(私、何も出来ないの…? 晩餐会の時みたいにただ手をこまねいているだけで……。でも足止めできる方法なんて何も浮かばないよ……)
そうは思うものの、ここで見送ってしまったら一生後悔する気がして諦められない。
青い瞳を持つ者の矜持なのか、前世日本人としての平和第一主義なのかは分からないけれど。
(誰かが血を流して傷付くところなんて、絶対見たくない……!
ここは、幸せで平和な乙女ゲームの世界じゃなきゃ駄目じゃない……。
黄金の龍さま、今こそあなたの出番です! 出てきて!! )
でも他力本願でどんなに強く願っても、実際は何も起きてはくれず、私は考えるより早く口を開いてしまった。
「閣下、お待ち下さい! 私、実はお耳に入れなければいけないお話がございます」
胡乱げにこちらに向いた辺境伯の強い視線にたじろいでしまうも、お腹に力を入れ一歩踏み出す。
「…………聞こうか」
「ルイーズ嬢?何を」
私は止めようとするクリストファー様に構わず続けた。
「今は申し上げられません……。どうか数日だけ、私にお時間を頂けないでしょうか」
辺境伯は片手でその茶色い髪を掻くと、腕を組み苦笑いをする。
「やれやれ、何がなんでも引き止めるつもりか?
まぁ、未来の王妃としては正しい対応かもしれんが、悪いが俺は時間が無いんだ」
「そうではありません。ただ、閣下のお耳に入れずにいたら後悔すると思ったのです。
きっと、きっと閣下も後悔なさいます!」
「…………」
「どうかお願いします、お時間を下さい。今ここでは、事情があって何も申し上げられないのです」
(何もないから言えないだけなんだけど……でもどうかお願い!!)
勢いで言い切ってから、とんでもない虚言を放ってしまった事に自分でも愕然とするが、もう走り出してしまったから引き返す訳にはいかない。
ふと、目の端に困惑顔でしきりに隣のお義母様の顔色を窺っている公爵と、さりげなく胃の辺りに手を当てるクリストファー様が映る。
(そ、そうだった、ラムバレド公爵家の魔法……。 やだ、どうしよう嘘が全部バレてるじゃない……)
でも誰も私を止めないのは、きっと辺境伯を引き止めたい気持ちが同じだからに違いなかった。
「…………ルイーズ嬢。今すぐ話すか、諦めるかだ」
辺境伯に強い口調で選択を迫られる。
「……不躾ではありますが、出来ましたらお人払いをお願いしたく……」
「いいだろう。アルフレート、部屋を用意してくれ」
そう言って公爵に告げながらも、私を見据えたままの辺境伯の目は、真意を見定めようと剣先のように鋭い。
そして、その視線に耐えていた私は、この時お義母様が私の横顔をその青い瞳で凝視している事に、少しも気付いていなかった。
玄関アプローチすぐ側のサロンに案内され、場所を移した私と辺境伯はお互い向かい合う。
(せめて、公爵とクリストファー様に見られていないだけ、精神的に楽かも……)
「……出立前に無理を言って申しわ…」
「手短にしてくれ、本題を聞こう」
勢いで声を掛けてしまった為、考えながら会話をしようと思っていたが拒否されてしまう。
「……閣下が何らかの決断を下す前に、ぜひお耳に入れなければいけないお話があります。ですが、その前に事実確認をしたく……。数日で構いません私にお時間を頂けないでしょうか」
「内容は話せない、事実確認すら出来てないが重要だ。それを俺が信じて悠長に待つとでも? さっきも言ったが、耳に入れたいなら今すぐだ。今夜中の出立は変わらない」
(ご尤もだわ……)
辺境伯は長年隣国との国境を接する広大な領地を治めてきた人物だ。
一筋縄でいく訳がないし、こんな胡散臭い話に耳を傾けるはずが無い。




