12.消えぬ辺境伯の想い
この後、少しだけカライラ侵攻について触れます。
申し訳ありませんが、ちょっとでも苦手な方はブラバして頂けたらと思います。
「ああ、本当だ。不思議にホッとするよ」
そう言ってクリストファー様はホットミルクの湯気越しに、優しく微笑まれた。
(良かった、侍女に用意を頼んでおいて……)
「ご婦人方の間で紅茶に少しミルクを足すのが流行っているとは聞いていたが、胃痛に効くとは……」
「お体に合うようでしたら、良かったです」
「ありがとう、ルイーズ嬢。……今夜は色々ありすぎて君も不安だったはずなのに……心配を掛けてしまったな」
クリストファー様は知れば知るほど、「普通に」いい人だ。
でも王位継承権を保持する公爵家の嫡男が「普通」でいられるなんて、本来なら難しい。
(婚約者時代には王妃陛下と殿下が随分警戒しているようだったから、どんな方かと思ってたけど……。
青い瞳だけでなく、穏やかな人柄も周囲に人が集まって脅威だったのかも)
結局、ドアを少し開けておく事で渋々妥協したクリストファー様の部屋に少しだけお邪魔をしていた。
「…………私、てっきり応接室では激しい口論が行われているとばかり……。帯剣している者が多かったですし……」
クリストファー様は持っていたカップをソーサーに戻すと、大きな溜息を吐く。
「父は本来なら王弟として、ゴートエルドの危機を身命を賭して防がなくてはならない。今夜だって体を張って止めないといけないんだが……。
父には止められないんだ。……アウグスト殿の無念が分かるからね」
「クリストファー様……。ですがこのままでは……」
「だからって、みすみすアウグスト殿に血を流させるつもりもない。父も内密に動いてはいるんだが……。
一先ず表向きは静観する立場をとるだろう」
「……時間はどのくらいあるでしょうか」
「そうだな、アウグスト殿がこの三十年何の備えもせず、ただ国境の守りを固め、領地の復興にだけ心を砕いていたとは考え辛い。あまり悠長にはしていられないだろうね……」
(そうだよね……。辺境伯領を切り捨てた王家を、信じ切っていた訳ないもの……。恐らく周辺の貴族達も……)
私はどんどん冷えてくる指先を、カップで温めた。
「お恥ずかしいですが……。私にとっては生まれる前に起きた昔の出来事のように感じていました。
……辺境伯閣下にとっては全く違ったのですね」
「…………カライラの侵攻軍を捻じ伏せた後にね、徹底的な報復を望む辺境伯と、更なる武力衝突を避け停戦条約を結びたい当時の国王陛下との間には、大きな溝があったんだ」
「はい。王太子であられた現国王陛下とラムバレド公が説得に当たられたと聞いています」
「カライラとの国交を回復させない事と、国王の退位を条件にね」
「………!」
カライラとの停戦条約締結後、数年で現国王が即位されたのは知識としてはあったが、理由は限られた者にしか知らされていなかったのだろう。
「辺境伯領に大きな被害があった事は知っているだろう。辺境伯夫人とご子息を失った事も…。詳しい内容は聞いた事が……?」
被害については、今回の晩餐会に備えて資料を読むまでも無く、王太子妃教育の学びの中で教わっていた。
「一般的な事でしたら」
「その、女の子には辛い話になってしまうが、君もこれから起こる事態には無関係ではいられなくなる。できれば私の婚約者として知っておいて欲しい。
勿論、今すぐじゃ無くても」
「………………いえ、お聞かせ下さい」
──それから私が聞いた辺境伯夫人の最後は、とても貴族女性の身に起こるとは考えられない壮絶なものだった。
「…………そんな。それではご子息は……?」
クリストファー様は、震える体を自分で支えていられなくなった私を抱きとめ、言い淀んでしまう。
「ルイーズ嬢、こんな話を聞かせてしまってすまない。
本当は安心して眠れるような話をするつもりだったんだが……」
「…………話を切り出したのは私です。クリストファー様は、何も悪くありません。どうぞ続けて下さい……」
「……血だらけの産着以外は何も見つからなかったそうだ。
だからアウグスト殿は、三十年経った今も時間が空くと、国境沿いの周辺に何か形見が無いかと探しておられる……」
「私が教わった話と違います……! 城が落とされ、自害されたと……」
「……公表は出来なかったんだよ。アウグスト殿は当時耐え難い怒りを飲み込んだんだ。
辺境領を愛していたエレーゼ夫人が、これ以上領土に血が流れるのを望まないだろうと仰ってね。
だが、その結果がこれでは……。
最早、王家に切り捨てられる事に我慢ならないだろう」
「…………」
「もしも、私が王太子になってしまったら、君にも王族として背負わせてしまう事になる。
だから、知っておいて欲しかったんだ。アウグスト殿の想いを……」




