化けの皮の剥がし方
静まり返る部屋。目の前のテーブルに、湯気を立てるコーヒーが並べられる。
白い煙が、俺と海馬の視線を薄く遮っていた。
「今回は、海の開発とは関係ないってことですか?」
海馬は目の前のカップを静かに持ち上げ、一口口をつけた。
「関係ありません。今回は……あなたを勧誘しようかと考えていまして」
「勧誘?」
思わず眉が動く。どういうことだ。
「私はてっきり……殺されると思ってましたよ」
隠すことのない本音をぶつける。海馬もまた、取り繕うのをやめたように不敵な笑みを浮かべた。
「私たちは殺人鬼ではありませんよ。そんな簡単に人を殺すだなんて」
――簡単に殺してきたように見えたがな。
「それで、勧誘とは?」
「なかなか頭も切れるようだ。いい人材かと思いましてね」
俺はソファーの背もたれから体を離し、膝に肘をついて前傾姿勢になる。
「冗談はやめてください。ただの一般人ですよ」
「ただの一般人にしては……随分と人を丸め込むのが得意だ」
どこまで勘づいている?
「これでも、本社で営業を叩き込まれていますので」
海馬がニヤリと口元を歪めた。
「あなたの会社は、盗みの技術まで教えてくれるのか」
――バレている。
一体、いつからだ。
……いや、バレていて当然か。家の中にはカメラがあった。
足を踏み入れた痕跡もしっかり残っていた。
腹の探り合いも、これで終わりってわけだ。
丁寧な敬語を使うのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
俺は整えていた髪をぐしゃぐしゃと掻きむしり、ネクタイを乱暴に緩める。
「バレないはずがないよな。金を隠してた部屋の段ボールも、わずかにズレてた」
海馬は満足そうに足を組み、指を組んだ。
「そっちが本性というわけか。それにしても……そんな細かいところまで見ているとはね」
「大したことじゃない。こういう生き方をしてたら、自然と身につく」
俺は行儀悪く姿勢を崩し、ソファーに深く腰掛け直した。
「それだけ長く手を染めてるってことだ。それでも……この町の駒どもよりは使えるだろ?」
「なるほど」
海馬の目つきが変わる。奴からすれば、俺もその駒の一人に過ぎないというわけだ。
「それで? 俺に何をさせたい。こういう仕事は無償でやらない主義なんだ」
あくまで対等なビジネスパートナーとして交渉のテーブルにつく。
「ほぉ。俺の下につく気はないと……」
「つく気はないね。体に付いた傷の数なら、俺の方が上かもしれないしな。それに、俺が警察にパクられたところで大した罪にはならない。釈放金を払えばそれで終わりだ」
それよりも――もっとヤバい橋を渡っているのは、そっちだ。
「それこそ、そっちの方が色々とマズいんじゃないか? 釈放金じゃ済まないだろ」
俺は握っている。奴らが一番隠したがっている証拠を。
捕まって困るのは俺じゃない。むしろ――有利なのはこっちだ。
海馬はしばらく沈黙したあと、歪んだ笑みを深めた。
「バレるとでも? まぁ……バレたところで揉み消せばいいだけの話さ」
「……」
俺の予想は当たっていた。
どこまで腐っている。ここまで根が深いとなると、石井の手に負える規模じゃない。
そう確信した瞬間だった。
俺は初めて――淳がいてくれて良かった、と心底思っていた。
「だから、あの部屋を堂々と開けて、分かりやすく証拠を置いてたのか。久城でも見つけられるレベルでな」
わざとエサを撒いて、俺を炙り出すつもりだったわけだ。
「そうだ。だが……人生とは思い通りにいかないものだな。あの時、誘い出そうとしたのは宮野さん、あなただった」
海馬は胸ポケットからタバコを取り出す。
カチ、カチ。
金属ライターの機敏な音が、静まり返った部屋に小さく響いた。
「それが、釣れたのは一緒に来ていた久城さんの方だ。彼を犠牲にして悪かったね。……宮野さんのお気に入りだったんだろう?」
俺たちの関係性まで洗い直したというわけか。
シュッと炎が灯る。
海馬が煙を吐き出すと、紫煙と独特の甘い香りがゆっくりと部屋を満たしていく。
「久城のことなら、どうでもいい」
奴は、久城がまだ生きていることを知らない。死んだと思い込んでいるなら、そのまま誤解させておいた方が都合がよかった。
「それは随分と薄情だな」
「この世界で生き残るのに、情なんて邪魔なだけですから」
本気でそう思っていた。
久城を助けようなどと考えなければ。
石井を救おうなどと余計な情を出さなければ。
もっと楽に、スマートに生きられたはずだ。
……まぁ。
だからといって、ここに来たことを後悔しているわけじゃない。
むしろ――この首の皮一枚でつながっているギリギリの状況だからこそ、痺れるほど面白い。
退屈な日常に戻るくらいなら、よっぽどマシだ。
俺は小さく息を吐き出す。
さて。ここからどう転がる?
俺は口を閉ざし、海馬の次の言葉を待つために姿勢を正した。




