表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/52

策略

大人になってからというもの、一週間という時間は驚くほど早い。


時間は日に日に加速していくようで、気づけば約束の日を迎えていた。


俺は約束の時刻ぴったりに、海馬かいばの屋敷へと到着する。


重厚な玄関前に立っていたのは、前回対応した男だった。

確か、名前は――。 


「佐藤さん、こんにちは」


まさか自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。佐藤は一瞬目を見開き、素で驚いたような表情を浮かべた。だが長年の執事らしい身のこなしで、すぐに姿勢を正すと深々と一礼する。


「……私の名前を覚えていてくださり、誠にありがとうございます」


「いえ、前回は私の部下が大変失礼いたしました。そのお詫びと言ってはなんですが、よろしければお受け取りください」


俺は穏やかな笑みを浮かべ、用意してきた手土産を差し出した。


佐藤はどこか戸惑いを含んだ手つきで箱を受け取り、もう一度頭を下げる。


「これはご丁寧に……恐れ入ります」


佐藤が両開きの大きな木製扉に手をかける。


ギギギィ――と、重い残響を残して扉が開いた。


「どうぞ、お入りくださいませ」


俺は軽く会釈を返し、静けさの漂う館内へと足を踏み入れ、前回と同じ応接室へ案内された。


部屋の奥では、海馬が革張りのソファーにどっしりと腰を下ろしている。


俺は彼の間合いまで歩み寄り、軽く頭を下げた。


相変わらず、腹の底が見えない男だ。だが今日の表情にはどこか余裕があり、前回よりも柔らかな雰囲気を纏っている。



「こんにちは。前回は私の部下が失礼いたしました」


俺が声をかけると、海馬はゆっくりと立ち上がり、向かいのソファーを手で示した。


「いえいえ、こちらこそ気が回らず申し訳ありませんでした。何か……見てはいけないものでもご覧になってしまいましたかね?」


白々しい。


分かっていて言っているのは明白だった。


俺は心の中でそっと毒づきながらも、顔には一切の動揺を出さない。ここでは、何も知らない『しがない営業マン』を完璧に演じ続けるしかなかった。


「本人は何も見ていないと申しておりましたが……私には分かりかねますね」


俺は肩をすくめ、困ったように小さく笑ってみせた。


「ははは」


「そうですか」


海馬も口元を緩め、同じトーンで笑う。

 

互いに柔らかな笑顔を交わしながらも、その瞳の奥では鋭く相手の腹を探り合っていた。


やがて場を包んでいた笑いが引くと、海馬の表情がビジネスマンのそれへと戻る。


「では早速、前回の打ち合わせの続きを始めましょうか」


俺はカバンから丁寧に新しい事業計画書を取り出し、海馬の前のローテーブルへ置いた。


「こちらが、前回海馬様にご指摘いただいた点を修正した資料となります」


海馬は資料を手に取ると、一ページずつ静かにめくっていく。紙を繰る音だけが室内に響く。一通り目を通し終えると、彼は再び一ページ目へと視線を戻した。


「素晴らしい。……ただ、一つ気になる点がありますね」


海馬が人差し指で資料の端を軽く叩く。


「ここには宿泊施設が組み込まれていない。これだけの規模の計画を立てても、泊まる場所がなければ人は長居できませんからね」


完璧な指摘だ。だが、それも想定の範囲内だった。


「おっしゃる通りです。そこで今回はあえて大規模なホテルではなく、この土地の起伏をそのまま活かしたキャンプ場を整備するプランをご提案させていただきます」


その瞬間、海馬の目が一瞬だけ鋭く光った。


――乗ってきた。


「いい考えだ。ちゃんとこの土地の複雑な地形まで頭に入れているんだな」


一を聞いて十を理解する。この海馬という男は、察しも飲み込みも恐ろしいほど早い。


だからこそ、商談は驚くほどスムーズに進んでいった。


気づけば、時計の針は正午を回っている。


「宮野さんとは、実に話が合いそうだ」


海馬が心底満足そうに口角を上げる。根底にある合理的な思考回路が似ているからだろう。


「ありがとうございます。これほどスムーズに話が進むと、こちらとしても非常に助かります」


俺は会話の切れ目で、テーブルに置かれていた湯呑みへ手を伸ばした。 


その、まさに次の瞬間――。 


――ピーピーッ、ピーピーッ!


静まり返った応接室に、カバンの中から突き刺さるような警告音が鳴り響いた。


しまった……!  


久城か!


手元が一瞬凍りつく。


俺の動揺を見逃さなかった海馬は、ゆっくりとソファーの背もたれに体を預け、口元に薄く嘲笑のような笑みを浮かべた。


「宮野さん。スマホが鳴っていますが……出なくてよろしいのですか?」


その眼光は、まるで着信の画面に表示されている『相手の正体』まで完全に見透かしているかのようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ