表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/51

屋敷の中

俺はカバンに、必要な資料と計画書をできる限り詰め込んだ。


本当なら、一緒に来るのは今野だと思っていた。


……なのに。


なんで久城なんだよ。もっと適任がいただろう。


俺は地主の屋敷へ向かう山道を車で走らせていた。


「今日は営業の勉強だと思って、ついて来てください」


助手席の久城は、ドアに肘をつき、頬杖をついたまま顔をしかめている。


「いや、俺じゃなくてもよかったっすよね?」


まぁ、今までの流れを考えれば、進んで行きたがる人間なんていない。だが、不思議と俺は胸が高鳴っていた。屋敷へ続く道を走っているだけで、抑えきれない高揚感が込み上げてくる。


「仕方ないんです。今野さんに『営業のやり方を教えてやれ』って言われたんですよ」


平然を装ってそう答える。すると久城はガタッと身を乗り出した。


「営業って……犯罪者かもしれない家に行くんですよ? もし殺されたらどうするんすか?」


確かに。これまでの失踪や自殺は、あまりにも不自然だった。


だからこそ、会わなければならない。噂や推測だけでは判断できない。まずは顔を見る。話はそれからだ。


「先に言い出したの、久城さんじゃないですか。『ちまちま調べるより、正面から乗り込んだ方が早い』って」


久城は慌てて姿勢を正した。


「そこまで強気には言ってませんよ!」


後先考えず口にした言葉だったことは分かっている。それでも、俺はあの時の久城の一言を採用した。


どうせ探るなら、正面から。その方が、相手の顔も、本性も見える。


そして、もうすぐ。噂の地主の屋敷が見えてくる。


屋敷というだけあって、外壁の装飾も庭の広さも桁違いだった。


玄関前で足を止め、俺はインターホンを押す。ここまで立派なら、防犯カメラくらいあるだろう。視線を玄関の端へ向けると、案の定、小さなレンズがこちらをじっと見下ろしていた。 


「久城さん。いつもの口調は駄目ですよ」


「わかってます、わかってます」


久城は何度も首を縦に振る。


「それと、席を外せるタイミングがあったら外します。その間、どうにか時間を稼いでください」


久城が目を見開いた。


「ちょ、そんな話聞いてないっすよ」


確かに、久城にプレゼンができるとは思っていない。だが、仕方ない。俺はポケットから手のひらに収まる小型カメラを取り出し、こっそり久城の手に握らせた。


「じゃあ変更です。理由をつけて室内を撮ってきてください。入れそうな部屋は全部」


「は?」


「できれば屋敷の間取りも」


久城の眉間に深い皺が寄る。


「俺にコソ泥みたいな真似しろって言うんすか?」



「人聞きが悪いですね。調査です」


「いや、ほぼ一緒っすよ!」


そんなやり取りをしていると、カチリ、と静かに錠が外れ、厳つい黒スーツの男が姿を現した。


男は右手を胸元に添え、無駄のない所作で綺麗に一礼する。



「宮野様と久城様でしょうか?」



俺は懐から名刺入れを取り出し、滑らかな動作で差し出した。


「初めまして。宮野と申します」


「これはご丁寧に」


男は恭しく受け取り、深く頭を下げる。すると、久城も慌てて後に続き、ポケットからクシャッとした名刺を取り出した。


「ど、どうぞ」


……一目で緊張しているのがわかる。名刺を渡すのに「どうぞ」ってなんだ。友達にお菓子でも配ってるのか。


黒スーツの男も、一瞬だけ目を丸くしたあと、わずかに苦笑を浮かべた。


「ありがとうございます。久城様ですね」


「は、はいっ!」


声まで裏返っている。普段は図々しいくらいなのに、こういう場になると急に小動物みたいになるのだから面白い。


黒スーツの男に促され、俺たちは屋敷の中へ足を踏み入れた。


扉の先には、馬鹿みたいに広いエントランスが広がっていた。磨き上げられた大理石の床。傷一つない壁。柔らかな光を落とす照明。その全てに、隅々まで手入れが行き届いている。


壁には、有名画家のものと思われる絵画が何点も飾られていた。


……この一枚だけで何百万するんだ?


俺は歩調を崩さないまま、視線だけでそれらを値踏みする。高価な骨董品や美術品の情報は、常に頭に入れている。ある程度なら真贋の見分けもつく。


これくらい把握していなければ、泥棒として生きていくことなどできない。もっとも、俺は盗まない。盗めないんじゃない。盗まないだけだ。


男の後ろについて歩きながら、俺の脳は無意識に、この空間を「攻略対象」として処理し始めていた。


玄関から廊下までの距離。階段の位置。窓の数。監視カメラの死角。すれ違う使用人の人数。そして、万が一の際の脱出経路。


癖というやつだ。呼吸をするのと同じように、俺の脳は勝手に立体的な地図を描き始める。


もしここが仕事場なら。


もしここが獲物なら。


もしここで命を狙われたなら。


そんな「もしも」を積み重ねながら歩いていると、ふと肌を刺すような違和感を覚えた。


――静かすぎる。


これほどの屋敷にしては、人の気配が妙に少ない。


まるで、この家そのものが巨大な生き物で、俺たちを胃袋へと誘うために息を潜めているかのように。


黒スーツの男に先導され、俺たちは廊下の奥にある重厚な扉の前まで案内された。


磨き上げられた木製の扉は、上品な装飾が施されており、この屋敷の主の趣味の良さを嫌でも感じさせる。


男は足を止めると、背筋を伸ばし、コンコン、と規則正しく扉を叩いた。


「旦那様。宮野様と久城様をお連れしました」


数秒の静寂。


そして、扉の向こうから、腹の底に冷たく響くような、重厚な男の声が聞こえてきた。


「――入りたまえ」


短い一言。それだけなのに、圧倒的な威圧感があった。


まるで、この部屋に足を踏み入れた瞬間から、全ての主導権を奪われ、逃げ場をなくされる――そんな錯覚を覚えるほどの、重く、圧し掛かるような声。


俺は無意識に、だが静かに息を整えた。


さて。この町の王様と、ご対面だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ