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宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


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計画書

俺は時間をかけて計画を進めた。


伝承を題材にした施設ーーそれが、この町でどれだけ受け入れられるか。


そもそも、企画書が通るかもわからない。


俺は市役所に足を伸ばした。


サイトに書いてあった伝承は、実に簡単な言い回しだった。 

市役所の掲示板の横、そこに堂々と掲げられている案内板を読み上げる。


『この町には、古くより伝わる宝がある。

それは光を宿し、見る者の心を奪うという。

だが、その在り処を知る者はいない』


ホームページとまったく同じ内容。


「その在り処を知る者はいない」と書かれているが、実際のところは、威圧で誰も話せないようにしているだけだろう。


この狭い町の中で、隠し通せるような代物じゃない。


だとすれば、あの不気味に広がる山か。それとも、すべてを飲み込む海か。


――いや、そもそも「宝」とは何だ?


人の心を奪うほどに美しい宝。


それは目に見える宝石や工芸品なのか。それとも、もっと別の「何か」なのか。


町の住人は、相変わらず口が重い。


伝承について聞いても、誰もが引き攣った笑みを浮かべるか、露骨に視線を逸らすだけだ。


くそ。


観光企画の格好のネタになると思って調べ始めたが、掘れば掘るほど泥沼に嵌まっていく。


この町の伝承は、あまりにも異様だった。


普通、この手の話には人魚や龍、あるいは落ち武者といった、正体を推測する手がかりが残されているものだ。


だが、ここにはそれがない。核心となる部分だけが、まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗に削ぎ落とされている。


そうなると、その宝自体を観光資源にするのは得策じゃない。


結局、何一つ成果を得られないまま、俺は市役所を後にした。


事務所へ戻り、椅子に腰を下ろしてパソコンの画面を睨みつける。


伝承の宝。心を奪う美しさ。だが、その正体は何一つ見えてこない。


考えれば考えるほど、企画書の中身は白紙のままだった。


「宮野さん、どうしました?」


背後から声を掛けられ、振り返る。今野だった。


「何か困り事ですか?」


俺は椅子を回し、今野と向き合った。


「いや、企画書を作っていたんですよ」


「企画書?」


今野が怪訝そうに眉をひそめる。


「この町を盛り上げるような施設が作れないかと思いまして」


すると、今野は少し呆れたように言った。


「それ、私たちの仕事とは違うんじゃないですか?」


「そんなことありませんよ」


俺は笑って首を振る。


「本社にいた頃は、こういう企画を立てるのも仕事でしたからね。施設の計画から集客まで関わりました。上手くいった案件もありますよ」


今野は俺のパソコンへ視線を向けた。画面に映っているのは、何も書かれていない真っ白な企画書だ。


「そんなことを考えているってことは、何かアイデアでもあったんですか?」


その言葉を聞いた瞬間、営業としての俺のスイッチが入る。


「この町に伝わる宝の伝承を使えないかと思ったんですよ。ただ、肝心の伝承の内容が曖昧すぎる。正体も分からない。これじゃ企画の立てようがないんです」


「伝承ですか……」


今野は小さく息を吐いた。


「たとえ何か分かったとしても、一般公開はできませんよ。この町の決まりですから」


やっぱりそこか。


「だから別の案を探してるんです」


そう答えると、今野は机に広げられた資料へ目を落とした。


「でも、仮に良い案が見つかったとしても、海馬さんに相談しないといけませんよ?」


「そうでしょうね」


俺は肩をすくめる。


だが、それでいい。むしろ都合がいい。


企画書は目的じゃない。海馬の屋敷へ入るための口実だ。


そのためなら、多少まともな企画を考える手間くらい惜しくはなかった。


俺は改めてこの町の財政資料に目を通した。


外から入ってくる金は少ない。人口も多くない。大規模な観光施設を建てられるほどの余裕はないだろう。となれば、金のかからない企画に絞るしかない。


資料をめくる。海産物。海沿いの景観。


観光資源として挙げるならその辺りだ。だが、それだけでは弱い。海鮮が売りの町など珍しくもないし、海が綺麗な場所も他にいくらでもある。わざわざこの町まで足を運びたくなる理由にはなりにくい。


だからこそ、俺は伝承に目を付けたのだ。ただ、頼みの綱だった伝承が使えないとなると話は別だ。


俺は向かいにいる今野へ視線を向けた。


「この町で観光資源になりそうなものってありますか? 海鮮と景観、それに伝承以外で」


今野は腕を組み、「うーん……」と唸る。だが、その先の言葉は出てこなかった。


俺もこの町に来てから分かっている。何もない。それが一番率直な感想だった。


だからこそ難しい。何か新しいものを作るだけでも一苦労だ。まして予算を掛けられないとなれば、なおさらだった。

だが、本当に何もないのか?


窓の外へ目を向ける。そこには、ただ荒々しく広がる海。


ここは遊泳こそできるが、浜辺は整備されていない。岩場も多く、観光客が気軽に遊べるような環境ではなかった。


だからこそ――。


誰も手を着けていない、あの荒波と険しい岩場を、そのまま「手つかずの秘境」として売り出せばいい。


俺の頭の中で、一つの企画が鮮やかに形になり始める。


「すみません、今野さん。ちょっと思いついたので、話はここまでで」


「え? あ、ああ。……もし形になったら、ぜひ私にも見せてくださいね」


「分かりました」


俺はパソコンへ向き直った。


思いついただけの思いつきは、ただの妄ンス(妄想)だ。ビジネスの現場では企画にすらならない。


必要な設備。整備に掛かる具体的な費用。現実的な維持管理の方法。そして、観光客を呼び込むための確実な仕組み。


資料を読み漁り、数字を集め、何度も内容を書き直した。


気がつけば、数日が瞬く間に過ぎていた。


完成した企画書を今野に手渡す。彼は真剣な表情で、じっくりとページをめくっていった。やがて最後まで読み終えると、感心したように深く息を吐いた。


「正直……ここまでのものが出てくるとは思いませんでした。これなら通るかもしれない……」


その言葉を皮切りに、企画書は関係者へと一気に回された。

臨戦態勢のビジネスマンとしての俺が、完璧なデコイを編み上げた瞬間だった。


そして数日後。


俺はついに、海馬との面会の約束を取り付けることに成功した。

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