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宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


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3/13

不穏な町

この海の町に来てから、数日が経った。


その間、俺は職場や近所での関係作りを進めていた。

――情報収集も兼ねて。


口の軽い久城や、向かいの席の石井加奈とも、自然と打ち解けている。


だが、この町は思っていた以上に噂の回りが早い。


小さい町だからか。

一つの話はすぐに尾ひれがつき、気づけば別物に変わっている。


引っ越してきて、まだ数日。


それなのに――


いつの間にか俺は、

「都会から来たエリートのイケメン社員」になっていた。


どこの誰の話だ。


苦笑が漏れる。


気づけば、俺は別人に作り替えられている。


この情報の速さは、異常だ。


――裏の仕事にも、確実に影響する。


良くも、悪くも。


例えば、こちらで盗みを働けば、すぐに顔が割れる。

一度目につけば、噂は一気に広がる。


だが逆に――

どの家に誰がいるか。いつ留守になるか。


そういう情報も、すでにどこかに流れている。


都会とは違う。


ここでは、一つのミスが致命傷になる。


俺の中でマンネリ化していた「盗み」が、

今は妙な高揚を伴って蘇りつつあった。


心が、わずかに浮く。


だが同時に、理解もしている。

今まで以上に慎重になる必要があると。


気づけば、職場の鉄扉の前に立っていた。


重い扉を押し開ける。


――まだ、誰もいない。


静まり返った室内で席に着き、今日の予定を確認する。


その時――


鉄の重いドアが開く音が、事務所に鈍く響いた。


「あ、宮田さん。おはようございます」


振り向くと、石井さんがいた。


小柄な体に、柔らかく波打つ髪。

この職場で数少ない、“気が抜ける存在”だ。


「おはようございます」


軽く会釈して席に着くと、自然と向かい合う形になる。


パソコンを立ち上げながら、俺は何気ない調子で口を開いた。


「石井さん、ちょっといいですか」


「はい?」


首をかしげる仕草が、いつも通り柔らかい。


「この区間、営業で行ったことあります?」


そう言って、町外れの一帯を指す。


市役所を中心に、円を描くように広がる町並み。

だがその一角だけが、ぽっかりと切り離されたように浮いている。


前から、妙に気になっていた。


「あー……」


石井さんの声が、わずかに濁った。


「そこは……行ってないです」


視線が、ほんの一瞬だけ逸れる。


その違和感を逃さず、俺は問いを重ねた。


「何かあるんですか?」


少し静まり返った事務所に――


勢いよくドアが開いた。


「おはようございまーす!」


空気を読まない明るさで、久城が入ってくる。


「お、何すか何すか。二人で内緒話?」


初めて会った日から、この調子だ。

距離感がおかしい。


「久城さん、おはようございます」


石井さんが、いつも通り丁寧に返す。


俺はというと――


思わず、久城の首元に目がいった。


ネクタイが、見事に曲がっている。

結び直す気はないらしい。


「で? 何の話してたんですか?」


ずいっと顔を寄せてくる。


さっきまでの空気が、完全に壊れた。


石井さんが、久城の方へ体を向ける。


助けを求めるような、逃げるような――

曖昧な動きだった。


どうやら、はっきり口にしたくない話らしい。


俺は構わず、久城に視線を向けた。


「この地区に、営業で行っていない理由を聞いてたんです」


石井さんより、口が軽い。

聞くならこっちだ。


「あー……そこっすか」


久城が、頭をかく。


いつもの軽さが、ほんの少しだけ鈍る。


「いや、その……」


言い淀む。


言いづらい、というより――


言葉が、出てこないようだった。


「あ――思い出しました。“地主”が住んでるんですよ」


さっきまでの詰まりが嘘みたいに、久城が軽く言った。


どうやら本当に、言葉が出てこなかっただけらしい。


……こいつの教育、やり直した方がいいな。


「この一帯、全部その地主の敷地なんですか?」


石井さんの声が、わずかに落ちる。


「……そうです」


短い肯定。


それだけで、十分だった。


この反応は――何かある。


「いやぁ、ここマジで――」


久城が、いつもの調子で口を開く。


「地主の恐怖政治みたいな――」


次の瞬間。


石井さんが、慌ててその口を両手で塞いだ。


「ちょっ……!」


「――っ」


完全には塞ぎきれなかった言葉が、耳に残る。


――恐怖政治。


聞き間違いじゃない。


「宮野さん、違うんです。今のは……その……」


石井さんが取り繕うように言葉を重ねる。


だが、


久城がその手を振り払った。


「ひでぇなぁ。嘘じゃないっすよ」


ケロッとした顔で続ける。


「まぁでも、俺らみたいなのが関わることはないんで。問題ないっす」


――本当に、そうか?


正直、久城の言葉はあまり信用していない。


――が。


次に出てきた言葉は、聞き流せなかった。


「そういえば宮野さんって、海辺の貸し屋に住んでますよね?」


一瞬、思考が止まる。


なぜそれを――


遅れて、声が出た。


「……そうですけど」


わずかに、喉が引っかかる。


ここに来る時。

あの家のことを、妙な言い方をされたのを思い出す。


はっきりとは言わなかったが――

“普通じゃない”と。


「久城さん」


石井さんが、強い声で割って入った。


「それ以上は――」


いつもの柔らかさはない。


はっきりとした制止だった。


「余計なこと、言わないでください」


本気で止めている。


空気が、わずかに張り詰めた。


「石井さん」


久城が、珍しく真面目な声を出す。


「これ、みんな知ってる話っすよ」


軽さはあるが、引く気はない。


「だったら――」


一瞬、俺の方を見る。


「本人が知らないの、おかしくないですか?」


空気が張る。


石井さんの表情が、わずかに強張った。


俺は、視線を外さずに口を開く。


「……そうですね」


短く肯定する。


「知らないままでいるつもりはありません」


――内容次第では。


悠長に宝探しなんて、している場合じゃなくなる。


そのために、ここに来たんだ。


「だから、教えてください」


石井さんは、事務所内を見渡した。


――俺たち以外、誰もいない。


それでも念を押すように、もう一度視線を巡らせる。


そして、わずかに身を乗り出した。


「……なるべく、小声で話してください」


声が、落ちる。


「他の人に聞かれたら……問題になるかもしれません」


その一言で、空気が変わった。


ただの噂話じゃない。


――触れてはいけない何かだ。


俺は、小さく頷く。


警戒は、正しい。


むしろ――


これで確信した。


この町には、表に出ない“何か”がある。


そしてそれは、


俺が今、足を踏み入れようとしている場所と――


確実に繋がっている。

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