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宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


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26/29

向こう三軒両隣

家に帰り、加納家が海馬に脅されている証拠は自分の目で確認した。


そうなると、周囲の住人たちも同じように弱みを握られていると見るのが自然だ。


俺は事務所の事務椅子にもたれかかり、天井のシミをぼんやりと見上げた。


「何してるんすか?」


ひょっこり、視界の端から久城の顔が割り込んできた。


身体を起こし、その締まりのない顔を見返す。


「考え事してたんですよ」


「宮野さんの悩みは深刻っすもんね」


相変わらず軽いノリだ。


普通の人間なら、恐怖でこの職場に足を運ぶことすらできなくなるだろう。


だが、俺は平然としていられる。


いや――正確には違うな。


このヒリヒリする状況が、決して悪くない。むしろ、少しばかり胸が躍っている。


そう自覚しているからこそ、俺はこうして平静を保っていられるのだ。


周囲に視線を走らせる。


事務所の狭い空間には、俺と久城の二人きり。


「久城さんは、どこの家から失踪前夜の話を聞いたんですか?」


俺の問いに、久城は目をきょろきょろと泳がせ、不自然に身体を後ろへひねった。


その大袈裟な怯えっぷりに、思わず口元が緩む。


「誰もいませんよ。誰か来たら教えるから大丈夫です」


「びっくりしたっすよ! こんなところで話すんで」


久城はわざとらしく胸を撫で下ろした。


「心配しなくて大丈夫ですよ」


泥棒の習性として、この職場に監視カメラがないことは初日に確認済みだ。死角もない。誰かが足音を忍ばせて近付いてくれば、すぐに察知できる。


それに、今は正真正銘、俺と久城しかいない。


「そうっすね……宮野さんの家の両隣と、向かいの三軒っすよ」


久城の言葉を頭の中で引き込み、立体的な地図を組み立てる。


俺の自宅の両隣。そして、向かいの三軒。


裏手は鬱蒼とした茂みで、その先は山。


そして山を抜けた先には、あの不気味な崖と、妙な造りの橋がある。


あの橋はどうにも引っかかる。海馬の屋敷とは方向も距離もまるで噛み合わない。


一体、誰が何のために造らせたのか。少なくとも、一般の住民が使う生活道路の佇まいじゃない。


「その五軒、みんな同じことを言っていたんですね」


「そうっす。みんな似たような話だったっす」


偶然で片付けるには無理がある。


加納家だけじゃない。あの向こう三軒両隣の住人どもも、全員が何かを隠している。


海馬に致命的な弱みを握られているのか、それとも、逆らえば消されるような絶対的な理由があるのか。


俺は椅子に深く背中を預けた。


もし住人全員が脅されているのだとしたら――この町は、俺が思っていた以上に根腐れを起こしている。最高だ。


「俺の家から見える範囲だけですか」


だが、いかんせん情報が少なすぎる。


この程度のピースじゃ、いくら頭の中で組み立てても全体像の輪郭すら見えてこない。


「それなら、石井さんに聞いてみたらいいっすよ」


久城の口から出た名前に、俺はわずかに眉をひそめた。


石井をこれ以上、この件に巻き込むのは得策じゃない。海馬がどれほど深くこの町を支配しているか分からない以上、素人を不用意に調べ回れば、それだけで足が付く危険がある。

――頭では、そう理解している。


理解しているはずなのに、俺の視線は吸い寄せられるように、主のいない空席のデスクへと向いていた。


石井なら何かを知っているかもしれない。この町で生まれ育ち、根を張って生きてきた人間だ。住人たちの裏の事情にも、嫌でも詳しいはずだ。


その時だった。


ギィィ……。


事務所の静寂を破り、重苦しい金属音が鼓膜を震わせた。


俺と久城の視線が、同時に弾かれたように入り口へと向く。


重い鉄製のドアが開き、一人の女性が滑り込んできた。


石井加奈だった。


俺は思わず、目を細めた。


――タイミングが良すぎる。


まるで、ドアの向こうで俺たちの会話を盗み聞きしていたかのような、完璧な登場。


そんな馬鹿げたオカルトがあるはずもない。


だが、この奇妙な町に来てからというもの、単なる「偶然」という言葉では到底片付けられない出来事が、あまりにも増えすぎていた。


「二人ともどうしたんですか?」 


石井が不思議そうに小首を傾げた。


「なんでも――」


俺がいつものように無難な嘘で煙に巻こうとした、まさにその瞬間だった。


「宮野さんの家のことについて話してたんすよ」


久城があっさりと言ってのけた。


俺は笑顔の仮面を貼り付けたまま、横目で久城を鋭く睨みつける。余計なことを。


当の本人はこちらの視線に全く気づいていないのか、へらへらと締まりのない笑みを浮かべている。本当にこいつといると調子が狂う。


俺は本来、完全に情報を整理し、盤面をコントロールしてから動くタイプだ。


相手に何を聞くか。どこまで話すか。何を隠すか。


すべてを脳内の天秤にかけ、予測を立ててから口を開く。それが泥棒の、ひいては俺のやり方だ。


だが、久城は違う。頭に浮かんだ言葉をそのままノーフィルターで垂れ流す。おかげで俺の緻密な予定は、いつもこいつの突発的な一言で台無しにされる。


石井に話を聞くつもりは確かにあった。ただ、それはもう少し外堀を埋めてからのはずだった。


だが――。


ここまで手の内を晒してしまった以上、今さら隠し立てする方が不自然で怪しまれる。


俺は小さく息を吐き、脳内の予定表を書き換えた。仕方ない、乗っかるか。


石井は警戒するように、事務所内を一通り見回した。


「ここで話すのは、あまり良くないと思います」


彼女の視線が、壁のスケジュールボードへと向く。つられて俺も確認した。


チッと舌を打ちたくなる。今野が外回りから戻ってくる時間だ。もうそんな時間か。


ここでの密談をあの男に見られるのは都合が悪すぎる。

俺は隣の久城へ視線を移した。


「この後、暇ですよね?」


久城が「え?」と怪訝そうな顔をする。


「え? まぁ暇っすけど」


勝手に石井へ話を振って盤面を引っかき回しておいて、ここで「お疲れ様でした」と帰るなんて許すはずがない。情報を持ち込んだ張本人なら、最後まで泥舟に付き合ってもらう。


「私がお酒でも飯でも買いますから」


俺は椅子から立ち上がった。


「久城さんの家に行ってもいいですよね?」


「断る選択肢なくないっすか、それ」


久城が引きつった苦笑いを浮かべる。


「私も久城さんの家に行ってみたいですね」


まさかの石井まで話に乗ってきた。


久城が驚いたように目を丸くする。まあ、こんな可愛い女に期待を込めた潤んだ目で見つめられたら、男なら断れるはずもない。 


ちらりと久城の観察を試みる。案の定だった。


頬をわずかに赤く染め、大急ぎで石井から視線を逸らしている。


分かりやすすぎて失笑が出そうだ。隠しているつもりかもしれないが、顔の筋肉が全部白状している。


俺は心の中で小さくため息を吐いた。


こいつ、自分が今どういう状況に置かれているか分かっているんだろうか。


いや――石井のことじゃない。俺がここにいるということだ。


まるで俺の存在が脳内から消去されたかのような反応をしている。少なくとも、この場は二人きりの甘酸っぱい食事会じゃない。


「良いっすよ」


いつもより一段低い、格好をつけたような小さな声。


俺は思わず眉をひそめた。……こいつ、本当に俺の存在を忘れてないか?


目の前で勝手に照れている男と、その原因になっている女。

世界に二人しかいないかのような空間が形成され、俺だけが完全に蚊帳の外に置かれている。


このままこいつのペースに巻き込まれるのは癪だ。俺はわざとらしく、大きく咳払いをした。


「そうですか。それは良かった」


二人の視線が、弾かれたようにこちらを向く。ようやく現世に戻ってきたらしい。


「じゃあ早速行きましょう。久城さん」


俺は足早に距離を詰めると、久城の肩にガシッと腕を回した。


「ちょっ――」


抗議の声を無視し、泥棒特有の容赦ない足取りで、そのまま無理やり出入り口へと引きずる。


「宮野さん!? 近いっす! 近いっすって!」


「気にしないでください」


「気にするっすよ!」


久城が情けない声を上げてバタつく。


その様子を見て、後ろで石井がくすくすと楽しそうに笑った。


狙い通り、少しは緊張のほぐれた顔になった。


久城の惚気のろけに付き合うのは反吐が出るが、これで舞台は整った。


身元も分からない住人たちの弱み、そして不気味な橋の謎。

久城の部屋で、じっくりと二人の口を割らせてもらうとしよう。

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