留守の近隣
俺はその夜、住人たちの動きを眺めていた。
誰が何時に電気を消すのか。
誰が毎日同じ時間に出るのか。
誰が噂好きで、誰が口を滑らせるのか。
この町は、本当に楽だ。
一つ流せば、噂は勝手に歩き始める。
だからこそ、俺は待った。
……今回欲しいのは金じゃない。
情報だ。
人間は秘密を隠す。
だが、隠したまま生きることはできない。
必ず、どこかで漏れる。
問題は――どこで漏れるか。
俺は加納家を見つめる。
外食の日。
それはつまり、家族全員が同じ時間に動く日でもある。
俺は腕時計を見る。
そろそろか。
数分後。
加納家の車が家を出た。
俺は家から出る。
向かう先は加納家じゃない。
向かいの自販機だった。
飲み物を買い、何気ない顔で周囲を見回す。
静かな住宅街。
人の気配は少ない。
俺はゆっくり歩きながら、加納家の周囲を見る。
庭。
ベランダ。
窓。
郵便受け。
表札。
普通だ。
普通すぎる。
俺は小さく舌打ちした。
すると。
「あらぁ?こんな時間に珍しいねぇ」
背後から、しわがれた声。
振り向くと、散歩帰りだろうか。
犬のリードを持った近所のおばあさんが立っていた。
俺は笑顔を作る。
「ちょっと眠れなくて」
「あはは。若いのに珍しいねぇ」
おばあさんは笑いながら、俺の横へ並ぶ。
視線は自然と加納家へ向いた。
「あそこも今日は居ないみたいだねぇ」
……聞いてもいない。
だが、この町はいつもこうだ。
俺は何気なく聞き返す。
「外出ですか?」
「外食じゃないかい?さっき車出てったよ」
おばあさんは当然みたいに言う。
「よく見てますね」
「嫌でも見えるよぉ。毎日犬の散歩してるし」
犬を撫でながら、おばあさんは続ける。
「最近は帰りも遅いしねぇ」
俺は視線を向ける。
「忙しいんですか?」
「さぁねぇ。でも旦那さん、この前も夜遅くに出ていったよ?」
……夜遅く。
俺は軽く首を傾げる。
「仕事とかですか?」
「どうだろうねぇ」
おばあさんは少し声を潜める。
「この前なんか、奥さん居ない日に出てったんだよ?」
少し間。
俺は何気ない顔で聞く。
「奥さんとは仲良いんですか?」
おばあさんは犬を撫でながら頷いた。
「仲良いよぉ。町内の役員もしてるしねぇ。困った時は頼ったりするんだよ」
町内の役員か――。
俺は視線を加納家へ向ける。
「役員やってると、結構みんなと関わるんですね」
「そりゃそうさ」
おばあさんは笑った。
「祭りの準備もあるし、新年会も忘年会もあるしねぇ」
俺は軽く首を傾げる。
「じゃあ、海馬さんとか松谷さんとも?」
「もちろんだよぉ」
おばあさんは当然みたいに笑う。
「この町狭いからねぇ。役員やってたら嫌でも顔合わせるさ」
少し考えるように空を見上げる。
「海馬さんなんか特に顔出すし、松谷さんも祭りの時は毎回来るねぇ」
……なるほど。
思ったより繋がっている。
おばあさんは周囲をキョロキョロ見回す。
それから少しだけ俺に近づいた。
「……内緒だよ?」
声が少し小さくなる。
「加納さんの家、海馬さんの所に借金してるらしいんだよ」
俺は目を細めた。
……やっぱりか。
「本当ですか?あんな立派な家なのに」
おばあさんも首を傾げる。
「見た目じゃ分からないからねぇ」
少し間。
それから、おばあさんは俺を見る。
「あなたも、この町じゃ変な事に首突っ込まない方がいいよ」
そう言って歩き出した。
俺は思わず呼び止める。
「待ってください。どういう意味ですか?」
おばあさんは振り向かない。
暗闇の向こうで、小さく笑った気がした。
「住んでりゃ、そのうち嫌でも分かるさ」
おばあさんの言葉で、町を覆う謎がさらに大きくなった気がした。
俺は加納家を見つめる。
加納家と海馬。
偶然か。
それとも――。
俺は加納家と海馬が繋がっている証拠が欲しくなった。
借金話が本当なら。
少なくとも、無関係とは思えない。
だが、噂だけで決めつけるほど俺は馬鹿じゃない。
確かめる必要がある。
もし加納家と周囲の人間関係。
近所とのトラブル。
金の流れ。
そこに海馬の影が見えたなら――。
その時は。
俺は静かに視線を加納家へ戻した。
おばあさんの言葉で、町を覆う謎がさらに大きくなった気がした。
俺は加納家を見つめる。
加納家と海馬。
偶然か。
それとも――。
俺は加納家と海馬が繋がっている証拠が欲しくなった。
借金話が本当なら。
少なくとも、無関係とは思えない。
だが、噂だけで決めつけるほど俺は馬鹿じゃない。
確かめる必要がある。
もし加納家と周囲の人間関係。
近所とのトラブル。
金の流れ。
そこに海馬の影が見えたなら――。
その時は。
俺は静かに視線を加納家へ戻した。
こうなると、周囲から話を聞くだけでも、証拠まで辿り着けるかもしれない。
だが――。
もっと確実な方法がある。
いや。
確実だからじゃない。
そんな言い訳は、自分でも信じていない。
本当は分かっている。
頼らない方がいい。
使えば、また癖になる。
それでも。
喉から手が出るほど求めてしまう。
危険な場所へ足を踏み入れる瞬間を。
見つかれば終わるという感覚を。
あの、嫌になるほど心臓が跳ねる感覚を。




