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宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


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22/51

探る側、探られる側

カメラをすべて引き抜いたことで、ようやく家の中が自分の領域に戻った気がした。


ここ数日、じっとりとへばりついていたあの不快な「視線」から解放され、張り詰めていた神経が少しだけ緩んでいく。


泥のようだった睡眠の質も上がり、身体の調子も劇的に戻ってきた。


だが出社前の朝、いつものように玄関の鍵を閉め、歩き出した瞬間にそれは破られた。


「宮野さん。おはよう」


低く湿った声。振り返ると、隣の家に住むおばさんが生垣の隙間から顔を覗かせていた。


俺は「宮野」としての営業用の仮面を瞬時に貼り付け、爽やかに軽く頭を下げる。


「おはようございます。今日も元気そうですね」


「ええ、私は元気よ」


おばさんは品定めするような目でこちらを見ながら、世間話を装って言葉を続けた。


「そうそう。この前、知らない車が長く停まってたけど……どうしたの?」


ピキリ、と脳内の警戒アラームが跳ね上がった。


――探りか?


それとも、単なる田舎の暇人の好奇心か。


俺はおばさんの顔を凝視する。


表情、目線、声の調子。


こいつはどこまで知っている? カメラが撤去されたことを、あのモニタールームの主から知らされて確認しに来たのか?


自然にそんなことを考えている自分がいた。かつてのコソ泥としてのリスク管理と、営業マンとしての行動心理分析が、同時にフル回転を始めている。


「大掃除を頼んでたんですよ」


俺は極めて平静を装いながら、あえて「本当のこと」を口にした。


下手に取り繕った嘘をつくより、事実をそのまま混ぜ込んだ方が人間は疑いを抱きにくい。そういう場面を、俺は営業マン時代に何度も見てきたし、自分でも使ってきたからだ。


「宮野さんが来る前に、海馬かいばさんが綺麗にしてたんだけどねぇ……」


おばさんは腑に落ちないといった風に首を傾げた。


「海馬」――不動産屋の件で出てきた名前だ。


「それは知りませんでした」俺は笑みを崩さない。


「一応、天井の埃とか、玄関にこびり付いた土が気になって。せっかくだから大掃除を頼んだんです」


自分でも、本当によく回る口だと思う。


本当と嘘を混ぜ、相手が納得しやすい形にする。そういう誤魔化し方は、すでに身体に染みついていた。


だが、おばさんは話を切らなかった。


「他に、気になった事でもあったのかと思ってねぇ」


その言葉に、俺は目の奥を細める。


――気になった事、だと?


何を探っている。どこまで知っている。俺はおばさんをじっくりと観察する。


「特にないですよ」


そう答えてから、わざと重い「間」を置いた。


「……家の事で、何か知ってるんですか?」


その瞬間だった。


「ち、違うのよ!」


おばさんの声が急に早くなる。


「何か変な物でも落ちてたのかと思ってね」


分かりやすすぎる。俺は内心で笑いそうになった。


このおばさん、隠し事にまったく慣れていない。目が左右に激しく泳いでいる。落ち着かないのか、何度も手を組み替えていた。


探りを入れれば、何か喋るかもしれない……


そんな考えが、自然と頭に浮かんでいた。


「掃除業者が、変な物を見つけて」


そう言った瞬間だった。おばさんの表情が、わずかに固まる。


……分かりやすい。俺は確信を持って、さらに相手の目を見つめながら続けた。


「カメラが見つかったんですよ」


一瞬の沈黙。だが次の瞬間、おばさんはにっこりと笑った。


「あらぁ、カメラですか? どうしてそんな物が」


その反応で確信する。


この人、最初からそれを聞きたかったんだ。――誰かに報告するために。それとも、自分が確認したかったのか。


「たまたま業者が見つけてくれて助かりました」


俺はわざと穏やかな口調を崩さない。


「松谷さんが付けたんですかね?」


契約書に書かれていた、元の持ち主の名前を出してみる。すると。


「ま、松谷さんはそんな事しないと思いますがね……」


おばさんは視線を逸らし、下を向いた。声も少し弱くなる。

俺はその反応を逃さない。


「じゃあ――」


わざと間を置く。


「付けたのって、海馬さんですか?」


おばさんの肩が、ビクッと小さく揺れた。


「さっき、海馬さんが掃除したって言ってましたよね?」


空気が変わる。おばさんの顔が、目に見えて曇っていく。まるで、そこだけは触れて欲しくなかったみたいに。


「でも、不思議ですよね」


俺はわざと軽い口調で続ける。


「貸家の持ち主は松谷さんなのに……清鎖は海馬さんがしてたんですね」


おばさんは黙った。何も答えない。


だが、その沈黙だけで、俺にとっては十分すぎる答えだった。


……やっぱり、繋がってる。少なくとも、何かを知っている側だ。


「仲が良いのよ」


しばらくしてから、おばさんは苦し紛れみたいに言った。


「だから松谷さん、海馬さんに任せてたの」


俺は小さく頷く。


「なるほど」


まぁ、そういう事にしておくか。


俺はわざと腕時計に目をやった。これ以上追えば、相手も警戒する。今はまだ、探る段階だ。


「もうこんな時間か。遅刻したくないので、行きますね」


俺は軽く笑って、そう言い残して背を向ける。だが歩き出した後も、背中にじっとりと張り付くような視線を感じていた。



会社の近くまで来て、俺はアパレル店のガラスを使って自分の服を整えた。


ネクタイの位置、襟の乱れ。不自然な所がないか確認する。


コソ泥をやっていた頃からの、抜けない習性だ。


すると。


「おはよう! 今日も身だしなみ整えてますね!」


後ろから、張りのある大声が飛んできた。


振り向かなくても分かる。今野だ。


「おはようございます」


俺は軽く笑みを作りながら振り返る。


数ヶ月、一緒に働いている。だからこそ、なんとなく分かってしまう。 


この人も――怪しい。


表面上は普通だ。明るいし、人当たりもいい。けど、俺の話がなぜか久城や石井に流れている感覚があった。本人は雑談のつもりかもしれない。だが、この町じゃ“ただの会話”が、どこまで広がるか分からない。誰が誰と繋がっているのか。


どこまで筒抜けなのか。考え始めると、もう笑えなかった。


「そうだ。最近、家で何かあったのか?」 


……お前もか。


俺は内心でため息をつく。もう少し自然に聞き出せる奴はいないのか。探り慣れてないから、逆に分かりやすい。


「掃除業者に来てもらったら、家にカメラ隠されてたんですよ」


俺はわざと眉をひそめる。


「気味悪いですよね」

すると今野の表情が変わった。


「それは……気持ち悪いな」


一拍置いて、今野は続ける。


「警察には相談したのか?」


やっぱり、そこを聞く。俺は今野を見る。表情、目線。どこまで知っている?


「いえ。してません」


そう答えると、今野は黙った。


……反応が薄い。もっと驚くと思ったのに、妙に落ち着いている。それとも、“警察に行ってない”という事実そのものが重要だったのか?


俺は頭の中で瞬時に会話を組み立て直す。


もっと騒ぐべきだったか。被害者らしく、慌てた方が自然だったか。クソ、少し読み違えたかもしれない。


「なんで警察呼ばなかったんだ?」


やっぱり来た。屋こを確認したかったんだな。


「呼ぼうとは思ったんですがね」


俺は苦笑いを浮かべる。


「カメラ外したの俺ですし。警察呼んだ後で、逆恨みでもされたら怖いじゃないですか」


俺は今野から、もう少し情報を引き出せないか考えていた。その時。


「おはようございます」


後ろから女性の声が聞こえる。石井だった。


今野はすぐ笑顔を向ける。


「おはよう」


「おはようございます」


俺も今野に続いて挨拶する。


その瞬間。


石井と、完全に視線が合った。


ほんの一瞬。探るような目に見えた。


「なんの話してたんですか?」


石井が聞く。今野は気にした様子もなく、職場のドアを開けながら答えた。


「いやね。清掃業者が宮野さんの家でカメラ見つけたみたいで。どうして警察に連絡しなかったのか聞いてたんですよ」


その言葉に、俺は石井の動きを凝視する。


石井の動きが、一瞬止まった。


本当に、コンマ数秒の一瞬だった。けど――俺は見逃さなかった。


指先、視線、呼吸。


ほんのわずかに、彼女の周囲の空気が揺れた気がした。


お前も……知っているな?


俺の口元に、同僚たちには決して見せない、冷酷で歪んだ歓喜の笑みが浮かびそうになるのを、俺は必死で噛み殺していた。

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