表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
21/51

危険な入り口

追加料金を弾かれた業者の手際は、現金なほどに鮮やかだった。


壁の裏、コンセントパネルの隙間、果ては換気口のダクト内まで――彼らは半日以上をかけて、この呪われた一軒家を徹底的に調べ回った。


そして、最終的にリビングのローテーブルへ並べられたのは。


五つ。


人の親指ほどしかない、無機質な黒い超小型広角カメラだった。


「……こんなに、あったのか」


自分で誘導しておきながら、並んだ実物を見た瞬間、背筋にツララを突き立てられたような悪寒が走った。


知らない間に、ずっと見られていたのだ。


俺がこの部屋で飯を食い、着替え、無防備に眠りについている間も。どこで、何をしていようが、あのモニタールームの主は画面越しに俺のプライバシーを貪り尽くしていた。


作業着の男が額の汗を拭い、ゴム手袋をパチンと音を立てて外しながら口を開く。


「いや、それにしてもかなり巧妙な仕込み方でしたよ。配線もコンセントの裏から直で取ってありましたし、普通に生活してるぶんじゃ逆立ちしたって気づきませんよ」


俺はテーブルの上のカメラを凝視する。


電源の切られたはずの黒いレンズが、まだこちらを嘲笑うように覗き込んでいる気がした。


だが、これでいい。


向こうのモニターには今、ノイズが走るか、あるいは「業者を呼んで大掃除をしていたら、偶然カメラが発見されて次々と回線が切れていく」という映像がリアルタイムで映し出されていたはずだ。


あくまで『不運な偶然』。宮野という無害な住人が、たまたま掃除熱を出した結果の事故。


それが向こうへの牽制(警告)になるのか。


それとも――


ハチの巣を突いたように、余計に相手を刺激してしまうのか。


そこまでは、まだ読み切れない。


「お客様、この取り外したカメラ、どうします? うちで処分もできますけど」


ガタイのいい男に聞かれ、俺は一瞬だけ思考を巡らせる。


触りたくもないほど不気味な代物だ。だが、手放すわけにはいかない。


「……あ、いや、置いていってください。気持ち悪いんで、後で一応警察に持っていくか……細かく砕いて捨てますから」


「そうですか。じゃあ、これで作業は完了となります」


業者の二人は深く頭を下げ、追加の報酬を懐に収めて満足げに家を出ていった。


パタン、と静かに玄関のドアが閉まる。


その瞬間。


家の中が、妙にシンと静まり返ったように感じた。


まるで今まで、耳には聞こえない『誰かの視線の音』が、絶えず室内にノイズのように満ちていたかのように。


「クソッ……!」


衝動のままに、俺は五つのうちの一つのカメラを掴み、剥き出しの壁へと全力で叩きつけた。


カツンッ! と乾いた硬質な音が響く。


プラスチックの筐体が派手に砕け、内部の精密な基盤が床へと虚しく散らばった。


それを見た瞬間――


心臓の奥から、ドクドクと燃えるような妙な高揚感が駆け抜けた。


壊した。


あの忌々しい相手の“目”を。


ずっとこちらを上から目線で見下ろしていた監視者の視線を、自分の手で完全にブチ潰してやったのだ。


呼吸が、熱い。


鼓動が、うるさいほどに速くなっていく。


――ああ、この感覚だ。


かつて、誰もいない深夜の邸宅に、鍵を開けて忍び込む直前の、あの皮膚がひりつくような興奮。


見つかったら終わり。捕まれば人生が破滅する。


なのに、その危険な境界線へと足を踏み入れる瞬間だけ、五感が、身体の奥の細胞が、異常なほどに冴え渡っていく。

あの、狂おしいほどの依存的な感覚。


俺は床に散らばったカメラの残骸を見下ろしたまま、激しく上下する自分の呼吸音を冷徹に聞いていた。


だが。


次の瞬間、コソ泥としての冷ややかな猜疑心が、脳裏に別の影を落とした。


――もし、まだ残っていたら?


あの優秀な掃除屋たちすら見逃している、本命のカメラがまだどこかに隠されているかもしれない。


その考えがよぎった瞬間、熱かった高揚感が一気に氷点下へと冷えていく。


「……五台」


各部屋に一台ずつ。


そして、この広いリビングに二台。


一見すると、部屋の数とカメラのバランスは完璧に合っている。


けど――何かがおかしい。


俺はゆっくりと、キッチンの暗がりへと視線を巡らせた。

業者たちの捜索では、キッチンからは何も見つからなかった。


だが、俺の野生の直感は叫んでいる。あそこには、絶対に『何か』があるはずだ。


この数ヶ月、あそこに立ってコーヒーを淹れるたび、俺の背中にはいつも、言葉にできない悍ましいざわつきが走っていたからだ。


見られている時の空気の震えを、俺は誰よりも知っている。


他人の家に忍び込み、他人の領域を盗む側にいたからこそ、空間のわずかな歪みには誰よりも敏感なのだ。


俺はゆっくりと顔を上げた。


――換気扇。


そういえば、業者の男たちは「レンジフードの表面」は磨いていたが、その奥のファンまで分解してはいない。


そう気づいた瞬間、胸の奥が妙にカッと熱くなった。


見つけられる。


間違いなく、あの中に潜んでいる。そんな確信めいた閃きが脳内を走る。


危ないヤマへ踏み込む直前の、あのじっとりとした嫌な高揚感。


俺はダイニングの椅子をガタガタと引き寄せると、そのまま靴のまま座面に足を乗せた。


ギチ、と体重を支える木製の椅子が軋む。


視線は、獲物を狙う鷹のように換気扇の奥へと釘付けになっていた。


フードの横。鉄板の継ぎ目。


その辺りが、妙に不自然に浮いている気がしてならなかった。


この構造なら、中は確か、排気ダクトに続く空洞になっているはずだ。


俺は手を伸ばし、金属の整流網を慎重に外す。


ガチャン、と重苦しい金属音が小さく響くたび、心臓の鼓動がさらに一段と加速していく。


まるで、誰かが厳重に隠した宝箱の鍵を、ピッキングで強引に暴いているかのような全能感。


いや。実際、俺は今、この家の支配者の秘密を暴いているのだ。


俺は、油まじりの暗闇の中へ、容赦なく右手を突っ込んだ。


視界は遮られ、指先にはベタついた古い油の不快な感触が絡みつく。


それでも、コソ泥の精密な指先は、ミリ単位の違和感を求めて壁の裏を探り続けた。


すると――


指先が、滑らかな金属ではない「何か」に触れた。


不自然な硬い出っ張り。


明らかに建築資材ではない、後から作られた人工物の感触。

その瞬間。


脳髄を、ゾクゾクッとした強烈な快感が突き抜けた。


見つけた。


頭の奥が、麻薬でも打たれたように白く痺れていく。


見つけてしまった。


「……やっぱり、コレか」


俺は暗闇の中で、口元を醜く歪めながら、ゆっくりとその異物を指先で掴み、引き抜いた。


これで、六個目だ。


俺は油の付いた超小型カメラを指先で弄びながら、自分の顔の筋肉が、抑えきれない愉悦で歪んでいくのを感じていた。


コソ泥時代、ターゲットの家で一番高価な貴金属の隠し場所を「一発で引き当てた時」の、あの極上のカタルシスに酷く似ている。


隠されているモノを見つける瞬間。


他人の隠したい秘密の核心へ、この手でズカズカと土足で踏み込む瞬間。


あの最悪で、最高な感覚が、じわじわと俺の理性を痺れさせていく。


俺はまだ作動中だったカメラの電源を物理的に落とし、リビングのテーブルへ持って行った。


先ほどの五台の横に、そっと並べる。


六つの、物言わぬ黒いレンズ。


さっきまで、ずっと俺の一挙手一投足を見張っていた、地主の「眼」の全てだ。


「……さて」


ソファに深く腰掛け、俺は並んだカメラを眺めながら呟いた。


ここからが、本当の本番だ。


これだけのカメラを一斉に外されたことで、モニタールームの向こうにいる連中がどう動くか。


自分たちの盗撮がバレたと知って、烈火のごとく怒るのか。

それとも、泳がせているのがバレたと思って静観を決め込むのか。


あるいは――痺れを切らして、実力行使で俺の前に直接姿を現すのか。


考えるだけで、脳の神経がバチバチと火花を散らすように冴え渡っていく。


ここからは、どちらが先に仕掛けるかの高度な化かし合いだ。相手の動きを、優秀な営業マンとしてのプロファイリングで観察し尽くしてやる。


それに。


今回のカメラの全撤去で、向こうの出方を探るだけじゃない。


近いうちに、怪しい動きをしているあの「隣の家」へ、実際に忍び込んで裏を取る必要もあるだろう。


この町は排他的で、情報が漏れるのが異常に早い。


警察も、近隣住民も、職場の人間も、誰が地主グループと裏で繋がっているか分かったもんじゃない。


下手に一般人のふりをして動けば、一気に網を絞られて囲まれる。


だからこそ、ここからは誰よりも慎重に、コソ泥の足取りで進めなければならない。


……けれど。


気づけば俺は、最初にこの家で見つけた「町に伝わる宝探し」のことなど、半分どうでもよくなっていた。


この閉鎖的な町の底流に漂う、ドス黒く、血の匂いのする圧倒的な危険。


その危険の塊を、自分の嘘と技術でひっくり返してやるという、最悪な遊戯ゲームの誘惑に――俺の魂は、どうしようもないほど深く惹かれ始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ