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宝を盗みに来た——この町では住人が帰宅後に消える  作者: アグ


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13/51

確証

カラオケボックスの狭い室内に流れる安っぽいBGMが、やけに鼓膜を大きく叩いていた。壁のスピーカーが震えるたび、微かに重低音が椅子の背もたれを通じて背中に伝わってくる。


久城と石井の言葉を脳内で咀嚼するうちに、俺の胸の奥で心臓が速度を上げていくのが分かった。ドクドクと、うるさいほどの鼓動。


——楽しい。 


不謹慎な高揚感が脳髄を駆け巡り、霧が晴れるように思考がクリアに冴え渡っていく。


もっと情報を。もっとこの違和感の正体を。


そんな昏い期待が、胸の奥でどす黒く膨らんでいった。


「でも——」


久城が、グラスの結露を指先で弄りながら、ふっと思い出したように呟いた。


「電気、ついてたらしいっすよ」


「電気?」


対面に座る石井が、怪訝そうに眉の片方を跳ね上げて聞き返す。


「っす。あの人が失踪した日の夜も、“ちゃんと家の中に明かりが見えた”って、近所の奴らが」


その言葉に、室内の張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ弛緩した。


——つまり、一度は家に帰っていた可能性。生存のシグナル。


「どの部屋ですか?」


それまで黙って手元の資料に目を落としていた宮野が、鋭い声で即座に食いついた。


「えっと……確か、一番奥の部屋って言ってましたね。通りから少し見上げる位置にある」


「奥?」


石井が不審げに首を傾げる。


久城は、自分の言葉がどんな波紋を広げているかも気に留めない様子で、淡々と続けた。


「それに、“窓越しにおばあさんの顔も見えた”って話もありました。間違いなく本人だったって」


「……顔まで見えたんですか?」


石井がさらに深く眉間をひそめ、訝しげな視線を久城に向ける。


「っす。近所のおじさんがそう証言してました」


久城はどこまでも他人事のように、ストローを弄びながら話す。


俺は一度、視線を完全に落とし、手元のメモをじっと見つめた。数秒の沈黙。カラオケのモニターが、誰も歌っていない画面を虚しく明滅させている。


そして——俺は顔を上げた。


「まず、電気の話は残します。」


短く、ナイフで切り落とすような口調だった。


「旦那がつけた可能性がある。あるいは、自動のタイマーか」


石井が小さく、納得したように頷く。


「そうですね……家の中なら、誰の目を気にすることなく動けるはずですし」


「でも」


俺が遮るように言葉を重ねる。その目は、完全に獲物を捉えた学者のそれだった。


「その“奥の部屋”の窓は、構造上、外の通りからは絶対に見えない」


久城の手が止まり、わずかに目を細めて宮野を見た。


「……あ。言われてみれば、っすね。あそこ、裏庭の木に遮られてるわ」


「顔が見えたって証言は、切ります。」


俺の即断。その声には一切の迷いがなかった。


「位置的に、外から視認するのは物理的に不可能です。」


喉が鳴るような沈黙が、三人の間に落ちた。


「じゃあ……」


久城が困惑したように、タバコの箱を弄びながら言葉を探す。


「電気の話だけが本当で、顔を見たっていうのは——」


「誰かによって、後から作られてる可能性が高いですね」


俺は言葉に被せるようにして、冷ややかに言い放った。


石井が静かに、溜め込んでいた息を深く吐き出す。


「証言が、混ざってますね。勘違いか、あるいは……」


「もしくは——」


俺はゆっくりと顔を上げ、二人を代わる代わる見据えた。


「意図的に、混ぜられて居ます」


誰も、すぐには言葉を続けられなかった。


チープなインストゥルメンタルのBGMだけが、耳障りなほどに室内に響き渡っている。


この歪な会話を経て、俺の中でバラバラだったパズルのピースが、急速に不気味な形を成し始めていた。


——もし、これがすべて仕組まれたものだとしたら……。


いや。


そこまで考えて、ぞわりと背筋が凍り、思考を強制的に停止させる。


興奮のあまり、喉の奥がカラカラにひりついていた。


この町は、何かがおかしい。狂っている。


同時に、自分の頬の筋肉が、わずかに吊り上がっていくのを自覚した。歪な笑みが漏れそうになる。


「……宮野さん?」


石井の、どこか怯えを含んだ声で、俺は急激に現実に引き戻された。


視線を向けると、石井も久城も、怪訝そうな目でこちらを凝視していた。その眉間には、深い警戒の皺が刻まれている。


「大丈夫ですか? 怖い顔をして」


「……ああ、すみません。大丈夫です」


感情を押し殺し、短く返す。


まだだ。まだパズルは完成していない。確信に至るには、あと一押し足りない。


「久城さん」


俺は彼から視線を外さずに、あえて低く落ち着いた声で問いかけた。


「他にはないですか? どんな些細なことでもいい」


一拍置く。カラオケの画面が切り替わり、部屋が青白い光に照らされる。


「前に言ってた、あの家族の失踪事件の時も——」


少しだけ、彼を刺激しないように言葉を選ぶ。


「今と似たような、妙に符号する話が出てましたか?」


「そうっすね……」


久城は天井を見上げ、記憶を掘り起こすように指先でコンコンとテーブルを軽く叩いた。


「時間っすかね。あの時も近所の連中、みんな口を揃えて“23時までは確かに電気がついてた”って、妙に具体的な時間を証言してましたわ」


石井も、その言葉に誘発されるようにハッとして口を開いた。


「そう言えば、私が個人的に仲良くしていたあの方も……失踪当日、22時まではスマホでやり取りしていました」


「やり取りって……どんな内容の連絡ですか?」


「はい。他愛のない世間話のメッセージです。スタンプも送られてきました」


——一時間のタイムラグ。


だが重要なのはそこじゃない。どちらの事件でも、被害者が“その時間までは確実に生きて生活していた”と、周囲に強く印象付ける証拠が残っている点だ。


俺はこれまでの奇妙な違和感を頭の中で反芻する。


「二人とも、近所の人たちとは仲が良かったんですよね」


念を押すように、確認の言葉を投げる。


「当日も、それぞれいつも通りに話をしていましたか?」


久城が深く頷く。


「っすね。回覧板を回した時も、普通に世間話したって」


石井も、記憶を確信に変えるように小さく頷いた。


「ええ。いつも通りの、何の変哲もない様子だったと皆さん言っていました」


——“いつも通り”。


その、あまりにも出来過ぎた平穏な言葉が、やけに喉の奥に引っかかる。


「……そこも一つ、切ります。」


俺は冷徹に言い放った。


二人の視線が、突き刺さるように俺に集まる。


「その“普通だった”という証言自体、ハナから信用出来ないです。」


「え?」


久城が不快そうに眉を寄せ、身を乗り出してきた。


「時間も、会話の中身も、電気の消灯タイミングも——」


脳内のホワイトボードに、それらの要素を一つずつ整然と並べていく。


「あまりにも、綺麗に揃いすぎてるんです。人間の曖昧な記憶にしてはね」


石井が、息を呑むのが分かった。顔から血の気が引いていく。


「じゃあ……全部、嘘だって言うんですか……?」


「全部じゃないです。」


彼女の弱気な言葉を、短く、拒絶するように遮る。


「“奇妙なほどに揃っている部分”だけが、猛烈に怪しいんですよ。」


重苦しい沈黙。


俺は熱を持った身体を落ち着かせるように、ゆっくりと深く息を吐き出した。


「誰かが、後からそこだけを都合よく整えたようにしか見えない」


状況の恐ろしい核心を、持ち前の聡明さで理解し始めた石井は——ガタ、とテーブルを拳で軽く叩いた。


「もしかして……宮野さん、あなた一体いつからそこに辿り着いてたんですか」


彼女の瞳に、鋭い光が宿る。真っ直ぐに俺を射抜くその視線は、俺と同じ、底暗い結論に手を伸ばしかけている者の目だった。


「今日までは、ただの妄想だと思ってました」


俺は逸らさずに、はっきりと言い切る。


「あの、錆びた鉄パイプが転がっていた崖……あそこを見て、あの地形と動線を確認してからです」


石井の表情が、凍りついたようにわずかに固まった。彼女の中で、線と線が繋がり、理解がさらに深い暗闇へと沈んでいく。


その横で——。


久城だけが、置いてけぼりを食らった犬のような顔で、俺と石井の顔を交互に見つめていた。


「な、何かわかったんすか? 二人で納得してないで、教えてくださいよ」


一人だけ、情報の濁流から取り残されている焦燥感。


俺は小さく、哀れみを込めて息を吐いた。


「久城——」


わずかに間を置き、彼を真っ直ぐに見つめる。


「逆に聞くけど、なんで今まで気づかなかったんですか?」


冷徹な視線を突き刺す。


「ここまで材料が揃っているんだ」


逃げ道を塞ぐように、言葉の歩を進め、一歩、踏み込む。

「導き出される可能性は、一つしかない」


完全な沈黙。部屋の空気が凝固し、久城の褐色がかった肌の表情が、目に見えて強張っていくのが分かった。


「だからなんすか……! その可能性って! 勿ぶらないで言ってくださいよ!」


耐えかねた久城の声が、ひっくり返りそうになりながら荒くなる。


俺は乱れかけた息を整え、あえて、これ以上ないほどに声を落とした。


「——この町の近隣住人が」


一拍。極限まで張り詰めた間。


「海馬と、グルの可能性がある」


言い終えた瞬間。


室内のすべての音が消えたかのように、空気が完全に止まった。


久城は、言葉を失ったように口を半開きにしたまま完全に硬直している。


「え——」 


数秒のタイムラグを経て、彼の喉から、ひび割れた声が弾け飛んだ。


「えぇーーー!?」


カラオケボックスの狭い室内に、場違いなほどの大声が虚しく響き渡る。


しかし、石井は叫ばなかった。何も言わず、ただ、その視線だけが恐怖と戦慄で激しく揺れ動いていた。


——揃いすぎた証言時間。 


——誰も目撃していない、被害者の本当の帰宅。


——物理的に見えないはずの、窓辺の顔。


欺瞞に満ちた点と点が、今、最悪の形で一本の線へと繋がってしまった。


壁のスピーカーから流れる、陽気で安っぽいBGMだけが、耳を劈くほどに大きく響き続けていた。

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