第41話「歯車が足りない
接続作業の当日。朝。
七箇所のバイパスに蒸気を通す。回転が安定したら——フェーダーの声で同調させて——七箇所同時に切り替える。
設計通りにいけば三十分で終わる。
設計通りにいかなかった。
蒸気を通した。一箇所目が回り始めた。四十五度。滑らか。回転音が穏やか。唸りがない。正しい角度の音。
二箇所目。回り始めた。問題なし。
三箇所目——歯車が軋んだ。
嫌な音。金属が擦れる音。お父さんの工房で聞いたことがある音。「この音がしたら——」
「噛み合いが浅い——! 歯が摩耗してる!」
設置から完了までの間に——本線の歯車の摩耗がさらに進んでいた。接続歯車の歯が設計時より〇・二ミリ薄くなっている。〇・二ミリ。目で見てもわからない差。しかし手で触ればわかる。蒸気を通せば——軋む。
「追加の歯車が要る。〇・二ミリ厚いものに交換しないと——このまま切り替えたら歯が折れる」
予備の歯車はない。ルストが鍛えた十二枚を全部使い切った。予備を作る余裕がなかった。
鍛えるしかない。今から。ここで。しかし——炉がない。鍛冶場は地上の学校の裏にある。ここは大時計の地下。蒸気管の熱しかない。
ルストが——ハンマーを見た。
鍛え直したハンマー。あの夜——大時計を壊しに来て、ヴェヒターに見られて、壊せなくて帰った夜。帰ってから工房で鍛え直したハンマー。亀裂を塞いで。「壊すためではなく直すためのハンマーにする」と誓ったハンマー。
何年も使ってきた道具。自分の手の延長。掌のマメは、このハンマーの柄の形に合わせてできた。
「……ハンマーの頭を使う」
全員が——ルストを見た。
「鋼だ。歯車に鍛えられる。頭を三つに割って——三枚の接続歯車を作る」
「ルスト——それをやったらハンマーが——」
「柄だけ残る。頭がなくなる。殴れなくなる」
沈黙。蒸気管から漏れる蒸気の音だけが聞こえている。
ルストの手がハンマーの柄を撫でた。ゆっくりと。握りの部分。何千回も握ってきた部分。掌の形に馴染んでいる。
「殴れなくてもいい。歯車があればいい」
声が——静かだった。
「道具は目の前の仕事に使うためにある。ハンマーを抱えたまま大時計が壊れるのを見てるより——歯車に変えて大時計を直す方がいい。俺はもう壊すために殴らない。直すために——鍛える」
蒸気管にハンマーの頭を押し当てた。百五十度の表面温度。鍛冶の炉には遠く及ばない。しかし——小さな歯車を整形するには足りる。
鋼が赤くなっていく。ルストのハンマーの頭が——赤く光っている。
柄で叩いた。石の床を金床代わりにして。かん。かん。かん。鍛冶師のリズム。大時計の歯車の回転音と——同じリズムで。
鋼の塊が歯車の形になっていく。小さな歯車。直径三センチ。〇・二ミリ厚い歯。蒸気管の熱だけで——ルストの腕がこの精度を出している。
一枚目。ベルが受け取った。手で歯を確認した。正確。ルストの手は——炉がなくても正確だった。
二枚目。三枚目。
ルストの手に——柄だけが残った。頭のない柄。軽い。ハンマーの重心だった頭がない。しかし——歯車がある。三枚の歯車。ルストの道具だった鋼が——大時計を直す歯車になった。
三箇所目に設置した。噛み合いが——滑らかになった。軋みが消えた。蒸気圧に耐えている。
「ルスト。ありがとう」
「礼はいらない。——大時計が直ったら、新しいハンマーを鍛える。今度はもっといいやつを。千年もつやつを」
七箇所全てのバイパスが回っている。四十五度で。切り替えの準備が整った。




