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第40話「ヴェヒターの変化」

 接続作業の前日。最終確認のために心臓部に降りた。一人で。


 ルストとフェーダーとカリンには地上で待機してもらった。「最終確認は一人でやる。手の感覚で。他の人の体温や呼吸があると、歯車の微細な振動が読めないから」


 本当の理由は別にあった。ヴェヒターに——会いたかった。一人で。


 螺旋階段を降りた。蒸気灯のちらつきは少し安定していた。バイパスの歯車列が主軸の負荷を分散しているから。まだ接続していないが、並行して存在するだけで振動の干渉が変わっている。


 心臓部。七箇所のバイパスが設置されている。四十五度の歯車列が、七十度の本線の横に——静かに待っている。千年間なかったものが——ある。


 ベルが一箇所ずつ確認した。指で触れて。一箇所目。ルストが鍛えた歯。精密。しかし千年前の歯車と比べると新しすぎる。千年分の時間が刻まれていない。


 二箇所目。噛み合いの角度。四十五度。正確。


 三箇所目を確認しているとき——空気が変わった。温度が下がった。しかし敵意がない冷たさ。秋の朝の空気のような。


 ギアが翅を畳んだ。しかし光は消さなかった。前回は恐怖で消した。今回は——消さなかった。


 ヴェヒターが現れた。白い光。白い翼。しかし——前回とは違った。


 翼が小さくなっていた。六枚が四枚に。体のシルエットも柔らかくなっている。前回は角張った歯車の集合体だった。今回は——歯車の輪郭が丸みを帯びている。攻撃の形ではなく——見守る形。


 「……ヴェヒター、小さくなってない?」


 「プログラムが変わったから。排除するものが減って——必要なエネルギーも減った」


 ヴェヒターがバイパスの歯車に近づいた。ベルの体が一瞬硬くなった。赤い光の記憶。


 しかし——赤い光は出なかった。


 白い光が歯車に触れた。優しく。光の指が歯を一本ずつなぞっていく。角度を確認している。素材を確認している。この歯車が大時計を壊さないか。この歯車が正しいか。


 守り方が変わっても——守ることは変わらない。


 一箇所目を確認し終えて二箇所目に移った。同じように。光の指で。一本ずつ。


 「……丁寧だね」


 「千年間守ってきたものが変わるんだもの。丁寧にもなるわ」


 ギアの声が穏やかだった。ギアもヴェヒターも同じ大時計から生まれた存在。


 七箇所全てを——ヴェヒターが確認した。一箇所ずつ。何分かかったかわからない。長い時間だった。しかし急かせなかった。千年間守ってきた存在の最後の確認を——急かすことはできない。


 七箇所目の確認が終わった。光が離れた。離れる瞬間——白い光が微かに金色を帯びた。承認の光。


 そして——ジャミングが来た。壁面から黒い光。中型。


 ベルがステッキを構えた。しかし——ヴェヒターが先に動いた。


 四枚の翼がジャミングに向かって伸びた。白い光が黒いジャミングを包み込んだ。拘束した。母親が子供を抱きしめるように。


 ジャミングの動きが完全に止まった。


 「ヴェヒターが——ジャミングを止めてる——!」


 「プログラムが変わったのよ。ジャミングは最適ではない。異常として認識されるようになった」


 しかしジャミングが暴れている。ヴェヒターの拘束に抗っている。黒い歯がまだ回転しようとしている。このまま核を狙うには——歯の回転が邪魔。


 ステッキを構えた。変身していない。しかし——蒸気は出る。


 蒸気を噴射した。いつもの白い蒸気。しかし——ギアの粉を混ぜた。金色の粒子が蒸気に溶けた。


 蒸気が——変わった。


 白い蒸気が金色に変わって——リボンのように伸びた。幅五センチ。長さ二メートル。金色の蒸気のリボン。ステッキの先端から伸びて——ジャミングの黒い歯に巻きついた。


 歯の回転が——止まった。金色のリボンが歯を拘束している。ヴェヒターの白い光が体を押さえ、ベルの金色のリボンが歯を押さえた。二重の拘束。


 「スチーム・リボン——」


 名前が口から出た。自然に。歯車を組むときに工具の名前を呟くように。


 核が——むき出しになった。歯の回転が止まって、歯の奥に隠れていた核が見えた。


 「ギアシフト——フォーティファイブ!」


 琥珀色の光。ギアの粉が光に乗った。核に到達した。金色に染まって——砕けた。一発。


 白と金の粒子が混じって通路に漂った。ヴェヒターの白とベルの金。二つの光。


 ヴェヒターがベルを見た。歯車の目で。「直すのか」と聞いている目。


 「直すよ。明日——直す」


 翼がゆっくり閉じた。しかし去り際に——七箇所のバイパスを順番に照らした。一箇所ずつ。丁寧に。もう一度。


 七箇所目だけ——白い光が金色に変わった。最後の一箇所だけ。


 消えた。


 「見届けるつもりよ。千年間守ってきた歯車が変わる瞬間を」


 地上に出た。三人が待っていた。


 「どうだった?」


 「七箇所全て問題なし。ヴェヒターにも確認してもらった。——合格だって」


 明日。いよいよ明日。

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