第39話「千年分の摩耗」
工事が始まった。七箇所のバイパス設置ポイント。一箇所ずつ——四十五度の歯車列を主軸の横に設置していく。
通路は狭い。天井が低い。蒸気管が壁を這っている。湿気で空気が重い。汗が額を伝う。変身はしていない——工事中は装甲が邪魔になる。制服のまま。メガネのまま。腕まくりして。
一箇所目。主軸の第一接合点。ルストが歯車を据え付けた。石壁にアンカーを打ち込み、基盤を固定し、歯車を載せた。ベルが噛み合いの角度を調整した。素手で。歯車の歯に指先が触れる。冷たい金属。しかしルストが鍛えた歯車は微かに温かい。鍛冶の熱が残っている。
フェーダーが声で振動数を同調させた。低い音が通路に響いた。歯車が微かに震えた。共鳴。位置が正しいことの証。
カリンが設計図と照合した。「座標一致。角度一致。振動数——〇・一ヘルツ以内。合格」
ヴェヒターの白い光が壁面で揺れている。見ている。しかし——攻撃しない。
「一箇所目——設置完了」
二箇所目。三箇所目。順調だった。四人の手が一つの機械のように動いている。
四箇所目に差しかかったとき——ギアの翅が橙色に光った。
「ジャミング。二体。通路の奥から」
「ルスト、歯車を押さえてて——ズレたらやり直し!」
「押さえてる——行け!」
ベルが変身した。通路の中で。狭すぎてギアシールが壁に当たって欠けた。歯車翼が全開できない。
走った。壁面の回転する歯車を足場にして跳んだ。歯車の歯を踏んで蹴って——壁走り。
一体目。「ギアシフト——フォーティファイブ!」琥珀色の光。ギアの粉が光の先端に集まって——核に触れた。金色に染まって砕けた。カリンの位置指示で核の場所がわかっている。一発。
二体目。金色の粒子が散る中を突っ切って——「ギアシフト——フォーティファイブ!」砕けた。通路が金色のトンネルになった。
変身を解いた。膝をついた。狭い通路での変身と戦闘は消耗が激しい。息が荒い。汗で制服が張りついている。メガネが曇っている。
「……工事と戦闘の二正面作戦。きつい」
「慣れなさい。あと三箇所分続くのよ」
立ち上がった。膝が震えている。しかし——四箇所目の歯車を設置し直さなきゃいけない。戦闘で振動が伝わって——ルストが押さえていた歯車が〇・〇三ミリずれた。〇・〇三ミリ。見えない差。しかし設計図の精度を守るなら——直さなきゃいけない。
直した。五分かけて。〇・〇三ミリを。
「四箇所目——設置完了」
◇
五箇所目。午後二時。昼ごはんを食べていない。
ルストが懐からパンを出した。「食え」。鍛冶場に置いてあった非常食。硬い。乾いている。しかし——食べた。四人で分けて。暗い通路の中で。壁面の歯車が回っている横で。
五箇所目の設置は順調だった。ジャミングが来なかった。
六箇所目。午後四時。
ジャミングが来た。三体。今日一番多い。変身した。三体を倒すのに——八分かかった。以前なら三分で終わったが、ステッキが修理品だから。一割五分の出力で三体。琥珀色の光が三回。
戦闘が終わるたびに——設置済みの歯車を全部確認した。振動でズレていないか。蒸気の衝撃で歯が欠けていないか。カリンが毎回手帳に記録した。「戦闘後確認。ズレなし」「戦闘後確認。五箇所目に〇・〇一ミリの微動。許容範囲内」
グロックが管理室から蒸気通信管で指示を出し続けた。「第三蒸気管の圧力が上がるぞ。十分待て」「主軸の回転が安定した。今なら六箇所目を設置できる」「第五蒸気管に蒸気漏れ。避けろ」
五十年分の知識が——工事を支えている。グロックがいなければ、蒸気管の破裂に巻き込まれていたかもしれない。
七箇所目——最後。心臓部の最深部。
最も暗い。最も湿度が高い。蒸気灯が三つ中二つ切れていた。ステッキの蒸気光だけが頼りだった。
ここでもジャミングが来た。小型。一体。変身して——ギアシフト・フォーティファイブ。一発。しかし一発に使う体力が——朝と夜では全く違う。朝は軽かった。夜の一発は——全身から力を絞り出す感覚。
七箇所目の歯車を設置した。ベルの手が——震えていた。疲労で。しかし歯車を組む手だけは——最後まで〇・一ミリ以内の精度を保った。手が覚えているから。
「七箇所目、設置完了」
カリンが手帳に書いた。「バイパス全設置完了。所要十二時間。戦闘中断四回。ジャミング撃破六体。全員——無事」
朝八時から夜八時。十二時間。全員が汗だくで埃まみれだった。ルストの腕に蒸気管の擦り傷がある。フェーダーの声が枯れかけている。カリンの手帳のペンのインクが切れて、途中から鉛筆に変わっている。ベルのメガネが——汗と蒸気で曇って、何度拭いても曇る。
しかし——全部揃った。
七箇所のバイパス歯車列が、主軸の横に並行して設置された。まだ接続していない。蒸気を通していない。回っていない。
しかし——ある。千年間なかったものが——ある。




