第38話「グロックの選択」
工事初日の朝。大時計の地下。管理室。
四人が管理室の前に立った。扉が——開いていた。いつもは閉まっていた扉が。
中から蒸気灯の光が漏れている。そして——匂いが変わっていた。いつもの油と埃と計器の金属の匂いに——石鹸の匂いが混じっている。
グロックが立っていた。いつもの椅子ではなく。立って。背筋が——伸びていた。五十年分の重さで曲がっていた背中が——今朝は、伸びていた。
そして——身なりが違った。いつもの革エプロンは同じだが、シャツが新しい。皺がない。白い。五十年間同じ服を着ていたわけではないだろうが——ベルが見た中で最もきれいなシャツだった。
管理室の壁——名前が刻まれた壁の前に、白い花が一輪置かれていた。どこから持ってきたのかわからない。地下に花はない。地上から——持ってきたのだろう。名前の壁の前に。
グロックが管理室の奥の壁に向かった。
壁の奥に管理石がある。大時計の中枢制御装置。千年前にアルト・マイスターが設置した、ヴェヒターのプログラムを格納している石。管理者だけが触れる石。
グロックは五十年間——一度も触れなかった。先代が触れて失敗したのを見たから。壁に手を当てることすら——避けてきた。
今日、触れる。
「お前たち。見ていろ」
両手を壁に当てた。目を閉じた。
老人の手が——震えていた。しかし壁に触れた瞬間——震えが止まった。壁が応えたのだ。千年前の石が、管理者の手を認識した。五十年間触れなかった手を——拒まなかった。
老人の手から——光が漏れ始めた。壁が光った。白い光。ヴェヒターと同じ白。グロックの手から壁面に光が流れ込んでいく。管理者権限。五十年間一度も使わなかった権限。
石壁の一つ一つに——白い光の文字が浮かび上がった。千年前の古語。プログラムの言語。文字が壁面を流れていく。川のように。歯車のように回りながら。
カリンが息を呑んだ。「千年前の古語——全部読める——」
「『守護対象:大時計の全構造。変化の排除。千年前の状態を維持』」
グロックが読み上げた。現在のプログラム。千年間変わらなかった指示。
「これを——書き換える」
指が壁面の文字に触れた。一字ずつ。光の文字が書き換えられていく。
「『守護対象:大時計の機能。最適状態の維持。構造の変更を——許可する』」
変更を許可する。千年間「変化を排除する」と書かれていたプログラムが——変わった。
壁面の光が——白から金色に変わった。グロックの手から——金色の光が流れ出している。管理者の光。ギアの光と同じ金色。
「……儂の光も——金色だったか」
五十年間、一度も光らせなかった手。管理者の手。——金色に光っている。
プログラムの更新が完了した。グロックの手が震えていた。しかし——顔は穏やかだった。
「ヴェヒターは——もうお前たちを排除しない。しかし工事が大時計を壊すと判断したら——再び排除に動く。慎重にやれ」
「はい」
「もう一つ」
グロックが——椅子を蹴った。五十年間座り続けた椅子を。
「儂も——手伝う。五十年間計器を読んできた。大時計の癖を知っとる。工事のタイミングを教えられる」
五人になった。ベル。ルスト。フェーダー。カリン。グロック。——そしてギア。
「行くぞ。——心臓部に」
グロックが先に立った。螺旋階段を降りていく。足音が——いつもより力強かった。
しかし今日は——直すために降りる。
ギアの翅が橙色に変わった。「ジャミング。中型。心臓部の入口」
グロックが足を止めた。振り返った。
「お前たち——倒せるな」
疑問ではなかった。確認だった。
「倒します」
ベルが変身した。ギアシールが石段に展開した。金色の光が螺旋を照らした。
「ロードアウト——アイアン・ブート! 魔法少女アイアン・ベル——起動!」
フェーダーの逆位相。ルストのハンマー。カリンの指示。
「ギアシフト——フォーティファイブ!」
金色の光。一発。崩壊。金色の粒子が螺旋階段を昇っていった。
管理室の前を通った。グロックが扉の隙間から見ていた。金色の粒子が——グロックの白い髪に降りかかった。
グロックが——微かに笑った。五十年ぶりの——管理者の笑み。




