09 断髪の誓い
「知って、いたんですか?」
「ああ、君が舞踏会の夜、倒れたロスティから持ち去ったのを見ていた」
アルベルト様が、私から追憶石を持ち上げ、強く顔を歪めた。
「……なるほど。確かにロスティの記憶だ」
言って、アルベルト様が追憶石を、息がやっと整えられた彼女の手に置いた。
「ひっ」
悲鳴を上げる彼女へアルベルト様は淡々と言葉を投げる。
「大丈夫だ。ただ記録としてだけ再生される筈だ」
アルベルト様の言う通り、彼女は取り乱さなかった。
彼女は追憶石と私を交互に見て、何が起きたのかと目で問い掛けて来る。
「フィリア・オブリビオンは感情の魔法使いだ。その魔力には感情が混ざる。彼女が触れた時だけ、追憶石の記録は記憶と成って再現される」
短くまとめ、アルベルト様はそのまま白い追憶石を見た。
その時、ふっと追憶石の光が方向を変える。
淡く、けれど、確かな指向性をもって光は壁の向こうを指していた。
「魔力は、同じ魔力に引き寄せられる」
初等魔法教育の一節を私は呟いていた。
この白い宝石はロスティ様の記憶で、今ロスティ様の他の記憶が世界に散らばっている。
ならば、だ。ならば、だった。
「光の先に、ロスティ様のお記憶がある?」
呟いてしまった言葉が私の中で炎の様な熱を持って繰り返された。
揺れる白光の先にロスティ様の記憶があるのだ、と私は盲信する。
「私が、探します」
気付けば、声がしていた。自分の喉から出た音だと一拍遅れて気付いた。
「え?」
誰かが小さく息を漏らす。その声に答えず、私はただ光の先を見つめていた。
光の先をもっとちゃんと見たくて、私はゆらりと立ち上がる。
「私が、ロスティ様の記憶を、探します」
もう一度、言葉が出た。今度は明確な意思を持って。
「フィリア・オブリビオン」
アルベルト様の声が鋭く割り込んだ。
「君は、自分が何を言っているのか分かっているのか?」
分かっている。この光の先にロスティ様のお記憶があるのだ。
なら、拾い集める。そうしなければならない。
だって、そうすれば、また、ロスティ様と会えるかもしれない。
「私が記憶を見つければ、ロスティ様に何があったのかが分かります」
「もう一度聞く。意味が分かっているのか? 既にロスティ・メモワールへの罪の告発は為された。司法局が裁判の手続きを進めている。貴族へ無許可での記憶魔法の使用という決して無視する事ができない罪だ」
「分かっています」
この状況に追い込まれたロスティ様の味方に成ったとして、その罪が確定してしまった時、私もまた同罪として扱われるだろう。
オブリビオン家はそれを許されない。
「ええ、分かっています」
言いながら、懐からオブリビオン家の紋章が刻まれた短刀を取り出した。
「フィリア・オブリビオンが宣言いたします。ここから先、私が為す全ての行動は、我が家名とは何も関わり合いがございません」
言いながら、うなじを掻き上げ、髪の根元へ刃を当てる。
この黒髪を綺麗だと言ってくれた人が居た。
忌むべき色とされたこの黒髪を梳いてくれた人が居た。
「まって」
眼下から声がする。知っている音の声で、知らない色の声だ。
待たない。待てない。私は刃を当て一息に振り上げた。
バツン。あっけなく、ずっと伸ばしてきた黒髪が切り離される。
これでもう、私はもうオブリビオン家の娘じゃない。
左手で掴んだ髪をアルベルト様へ私は突き出した。
「これを、オブリビオン家へ」
「……家を捨てるか」
そうか、とアルベルト様は頷き、ホウキ兵に命じて私の髪を回収する。
「三十三日間。ロスティの裁判までの時間だ。それまで君の記憶探しを許可しよう」
「はい。全て、全て受け入れます」
髪が軽い。取り返しがつかない事をした。してしまったのだろう。けれど、私の目は白い宝石が指し示す光に囚われていた。
「なんて、ことを」
彼女の声がする。眼下である紅玉の瞳は揺れ、何で? と問い掛けていた。
「私が、あなたの記憶を、取り戻す」
同じ言葉だけを繰り返す。不思議な程に静かな声だった。
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