08 白の追憶石
まずい、駄目だ、何とかしなければ。
うるさい、どうでもいい、全て壊れてしまえ。
相反する感情の渦そのままに魔力が溢れて周囲を襲う。
このままでは彼女を傷つけてしまう。
止めなければ、と思うのに私の魔力は言う事を聞いてくれない。
「逃げ──」
彼女へ逃げてと言おうとした。だけど、その言葉は彼女のたった一つの行動で遮られた。
「――落ち着いて」
暖かいものに私の全身が包まれていた。
一拍遅れて何が起きたのかに気付く。ベッドの上から跳んだ彼女が私を抱き締めたのだ。
私の黒髪が大きく揺れる。魔力の泥に襲われ、彼女の顔が歪んだ。
私の魔力は心を壊す。それを浴びても彼女の腕は私から外れない。
「離して!」
「駄目です」
知っている暖かさの中で知らない声がする。この温もりを私の魔力は襲ってしまう。
「こんな気持ちに、させて、ごめんなさい」
歪んだ表情で彼女が言う。このままでは駄目だ。傷つけてはいけない人なのに。
「鎮まれっ!」
直後、ホウキ兵から鎮静の魔法が放たれ、私の魔力が再び四散した。それと同時に彼女の足から力が抜け、私と共に床に倒れ込む。
「ロスティ様大丈夫ですかっ!?」
「……はい、大丈夫です」
汗が滲んだ肌を拭い、彼女がアルベルト様を、そして私を見た。
「本当にごめんなさい。わたしの所為なのですよね?」
困った様に、申し訳ないと言う様に、その手が魔石の首輪を撫でる。
「覚えていなくてごめんなさい。困らせてしまって、ごめんなさい。わたし、本当に何も分からないんです。」
そして、深くロスティは頭を下げる。
違う、違う、違う。こんなのは違う。
「やめ、て」
ロスティ様はこんな事はしない。謝るのは彼女ではない。
小さく丸まる彼女の背中へ私は縋りついた。
何故、どうして、こんな事に? 答えは誰もくれなかった。
その時、アルベルト様の声が頭上からした。
「……フィリア・オブリビオン、それは何だ?」
「それ、とは?」
「服のポケットだ。何かが光っている」
言葉の意味が分からない。指されたままにそこを見ると、腰のポケットが光り、そして熱を持っていた。
入っているのはあの白い追憶石だ。
「あ……」
導かれる様に私はポケットから追憶石を取り出した。
私の手の平を台座として白い宝石がキラキラと輝いている。
その瞬間、私の世界が塗りつぶされた。
「──」
『ごめんなさい』とロスティ様が誰かに頭を下げている。
『ありがとう』と誰かの礼をロスティ様が聞いている。
砕かれた宝石。何かが笑う音。夜星の下を飛ぶロスティ様。
断片的な映像と音声。
追憶石が再生する絶望の記録。
胸を抉り、臓腑を腐らせる感情が私の中で再現される。
ホウキ兵が掛けた鎮静魔法を破って、また魔力が溢れそうになった。
その時だ。すぐ近くから呻く声がした。
「ぅ、あ」
「ロスティ、様?」
振り向くと、彼女は胸を押さえ、体を折り、震えていた。
紅玉の瞳が見開かれ、焦点を失っている。
「……っ、い、や。な、……に、?」
言葉に成らない声が零れていた。息さえもまともに出来ていない。
背中に触れた手を伝い、彼女の感情が私に流れ込む。それは今まさに私が追憶石から再現してしまった物と同じだった。
「っ」
彼女は私を伝い、追憶石の記憶を感情ごと再現したのだ。
理解と同時に私は転がり倒れながら、彼女から離れる。
すぐに彼女が咳き込みながら息をした。
はぁ、はぁ、と彼女は浅い呼吸を何度も繰り返す。そして、汗だくになった顔で私を、私が持った追憶石を見た。
「今、のは、わたしの、記憶?」
白の宝石は光る。まるでこの時を待っていたみたいだ。
「……それはロスティの記憶か」
アルベルト様が静かに言う。
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