07 泥闇の魔力
気付けば、私はホウキ兵が用意した椅子に座らされていた。
頭が上手く動かない。すぐ近くに居る彼女はロスティ様の筈なのに、私が知らない顔で私が知らない声を出す。
彼女が話している相手はアルベルト様だ。アルベルト様に持たされた水晶板をジィっと見つめている。
「……これは真言の魔法使い、バベルの魔力が込められた魔水晶だ」
「昨日、教えてくれましたよね、アルベルト様。嘘を見抜く魔法が掛けられているのですよね?」
「そうだ。もう一度、これで君を尋問する」
アルベルト様がホウキ兵へ目を向け、「記録を取れ」と命じ、淡々と言葉を続けた。
「ロスティ・メモワール。今から質問をする。嘘はバベルの魔法の元、許可されない。質問に知っている事を答えるんだ。ここでの記録は司法局に提出される」
「はい。分かりました」
居住まいを正して、彼女がこくりと頷く。所作の一つ一つが私の心の臓を締め付けた。ロスティ様はこんな風に素直に頷いたりするお方ではないのだ。
「なぜ、この場所で目覚めたのか、理解しているか?」
「いいえ」
「王族または貴族に対する反逆、あるいは加害の意思はあるか?」
「ありません」
即答に迷いは無く、水晶板の魔力光に濁りは生じない。
「ロスティ・メモワールが貴族へ記憶の魔法を使った証拠がある。いつ、どこで、誰の何の記憶へ魔法を使った?」
「分かりません」
水晶板の魔力光は変わらない。
彼女は困った様に笑っていて、アルベルト様の怜悧な瞳を見上げている。
ロスティ様であればあり得ない。笑う事なく、胸を張り、真っ直ぐに言葉を返す筈だ。
尋問が続く。
「ロスティ・メモワールには貴族への反逆の容疑が掛けられている。弁明はあるか?」
「ごめんなさい。分かりません」
「共謀者は居るか」
「これも、分かりません」
謝罪と共に同じ回答が続く。
淡々と問いが続いて、そのほとんどに彼女は分からないと答えていく。
はい、でも、いいえ、でもなく、分からない。そう回答し、水晶板は変わらない。
そして、質問が舞踏会の夜の出来事へ及んだ。
「舞踏会の夜を覚えているか?」
「覚えていません」
「ロスティ・メモワールは、自身の記憶を取り出す魔法を使用したのか?」
「それも、覚えていません」
水晶板は変わらない。変わってくれない。今、彼女は嘘を付いていないのだ。
アルベルト様の瞳が細められた。
「では、確認する。君は現在、何故、自身が罪人としてここに囚われているのか、その理由を理解しているか?」
その問いに、彼女は困った様に笑ったまま、魔石の首輪にそっと触れた。
「いいえ。私は何も覚えていません」
頼む、お願い、と、私の目がありもしない希望に縋って彼女が持つ水晶板を見る。
けれど、その魔力光は沈黙を保ったままだ。
「……以上だ。楽にして良い」
アルベルト様は短く告げ、彼女から水晶板を回収する。
尋問は呆気なく何の成果も出さずに終わってしまった。
「ごめんなさい。一日経てば、何か思い出せると思ったのですけど。結局、何も覚えていなくて」
彼女は自分が罪人服を着せられている理由さえ理解できていないと言った。
気付けば私は立ち上がり、緩慢にアルベルト様を見上げていた。
「……ロスティ様は」
声が、掠れている。まるで一つ季節の間、口を閉じていたみたいだ。
「どうなってしまったのですか?」
アルベルト様はこちらを見ない。窓の外へ視線を向けたまま答えた。
「記憶を魔法で取り出したのだろう。失った記憶の範囲は広い。人格形成に関わる記憶さえも消えている」
「そ、んな」
淡々と告げられた事実は容赦の無い断定だ。
でも、私もそうなのだろうと思っていて、そうであってくれるなと願っていた。
ベッドに座る彼女は私が知っているロスティ様ではないのだ。そうなる様にロスティ様ご自身がされてしまったのだ。
床が遠く、硬く、冷たかった。
「……なら、彼女は、どうなって、しまうのですか?」
「記憶と罪は別だ。罪を犯したのであれば、罰を与えなければならない」
アルベルト様の回答は早く、澱みが無い。
私の中から嫌な音を鳴った。ホウキ兵の拘束を破り、体から魔力が漏れ出していく。
「現時点において司法局の捜査には不備が無い。告発内容にも、証拠にも、虚偽は見つかっていない」
ピシリ、ピシリ。感情を鎮めようとしても無駄だ。泥と闇を煮詰めた様な感情が魔力となってホウキ兵の拘束を浸食していった。
「このまま、正式に裁かれる。記憶の喪失自体は考慮されるだろうが、罪を打ち消せる程ではない」
冷酷で、正しくて、逃げ道の無いお言葉だった。
「……ロスティ様には何かがあったんです」
「何か、とは? 君はロスティに何があったのか知っているのか?」
私は何も知らない。けれど、ロスティ様の身に何かが起きていた筈なのだ。
「フィリア、君は何を根拠としてロスティを庇う?」
蒼玉の瞳に熱は無い。責める意思も試す意図も無い。ただ、事実だけを求める視線だ。
「バベルの水晶板は嘘を見抜く。ロスティ・メモワールとして生きた時間のほぼ全てをこのロスティは失っている。これは司法局にも提出される情報だ。けれど、罪の告発もまた成立している。法と感情は切り離されて考えるべきだ」
「分かって、います」
私の体から染み出した魔力が泥と成り、床の影がゆらりと揺らす。
考えても、考えても、ロスティ様を助けられる言葉が出て来ない。
罪には罰を。それは果たされなければならない原則だ。
そして、今、ロスティ様へ罪の告発がされている。
でも、それは受け入れられなかった。
「ロスティ様のご意志で罪を犯したとは限りません。誰かに無理やり魔法を使わされたのかも──」
「──それをどうやって証明する? ロスティは記憶を失っている」
「っ」
何も覚えていない彼女は両手を前に組んでこちらを見上げていた。
そうだ。この口から罪の真実は語られない。語る事ができない。
「……このまま、このまま行くと、ロスティ様の罪はどの様に裁かれるのですか?」
「ロスティ・メモワール単独の暴挙として罰せられるだろう」
つまりそれは、極刑すらあり得るという事だ。
「──!」
パリィイイィィン! 魔力の拘束が破れ、泥闇の魔力が私の体から溢れ出した。
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