06 はじめまして
*
「ついて来たまえ、フィリア・オブリビオン」
ホウキ兵に連れられて来た場所は王城だった。ホウキ乗り場ではアルベルト様が一人、私達を待っていた。
アルベルト様の背を追って、私は足早に王城を進む。
カツン、カツン。アルベルト様と私、そして背後に続くホウキ兵の足音だけが王城の奥へと消えていく。空気は硬質で人の気配がしなかった。
王城には多くの部屋がある。王族だけでなく武官と文官の上官が住み込む部屋もあって、一見しては何処が何処の部屋か分からない。
早くロスティ様に会いたい。焦りのままにアルベルト様の背を追った。白を基調とした回廊の床は顔が映る程磨き上げられ、その硬質な輝きが私の息を詰まらせる。
「ロスティ様の、ご様子は?」
「……見た方が早い」
アルベルト様は私の質問に答えない。上手く隠しているのだろう。感情を読み取れなかった。
足を進める度に胸が絞めつけられる。息をする度に臓腑が捩じれた。
右と左に何度か曲がった時、ある扉の前でアルベルト様が立ち止まる。
「ここだ」
私の肺が息を忘れ、眼が一つの魔石を貼り付けられた白の扉を凝視する。
この向こうにロスティ様が居るのだ。
「〝開け〟」
扉には魔法障壁が掛けられていて、アルベルト様が左手の魔石で解除する。
そのまま、アルベルト様のお手が扉のノブを持ち、カチャリと回した。
自然と腕が震えた。恐怖が私の体を苛んでいる。
私は知ってしまっている。舞踏会の日、ロスティ様はご自身のお記憶を取り出してしまった。
どれ程の記憶を失ったのかは分からない。はたして、扉の向こうのロスティ様は今どの様に成られてしまっているのか。
アルベルト様が一度こちらへ目線を向けた後、扉を押し開けた。
部屋は広く、清涼な空気が流れていて──
──ベッドに座ったロスティ様が窓の外を眺めていた。
「ロスティ、様」
漏れた声に、ロスティ様がピクリと肩を動かし、灰色の罪人服が揺れる。
そして、ゆっくりとこちらへ振り向いた。
しばらく、もしかしたら少しの間、私とロスティ様の目が合った。
息が吸えない。燃える様な紅玉の瞳から私は眼が離せない。
ああ、私が好きなロスティの瞳だ。私の胸をいつも高鳴らせるその美しい瞳。その輝きは薄れていない。
その筈なのに、心臓が警鐘を鳴らす。
嫌だ。厭だ。いやだ。今すぐここから離れなければ。
肩は震えるのに、足が動かない。
世界が遅くなる。ロスティ様の動きから目が離せない。
ロスティ様が首を小さく傾げた。そのお首には魔石の首輪が着けられている。彼女は今やはり罪人なのだ。
首を傾げたまま、その顔が困った様に小さく笑った。
やめて、お願い。やめてください。
今ここで世界を止めてください。今この時で私を終わらせてください。
そう願っても目の前のロスティ様は止まってくれない。
その小さなお口が開いた。
「……アルベルト様、このお方は?」
ああ、そんな筈は無い。
ロスティ様はアルベルト様をそんな声で呼ばないし、私の事をこう呼ばない。
「ロスティ、彼女は、……君の友人だ」
「……そう。そうなのですね」
アルベルト様の声が遠くに聞こえる。ロスティ様が静かに頷いた。
紅玉の瞳がこちらへもう一度向かれ、その口がまた困ったように微笑んだ。
「はじめまして、わたしはロスティ、ロスティ・メモワールと言う名前の女です。あなたのお名前は?」
優しい声だ。
静かな声だ。
穏やかな声だ。
そのどれも、私は知らない。
気付いたら、私は膝から崩れ、彼女の目の前に倒れ込んでいた。
「まぁっ、あなた、大丈夫、お怪我はしていないですか?」
倒れたまま、私は彼女を見上げる。
窓の光を背に浴び、こちらへと手を伸ばしたから白銀の髪が揺れていた。
その手を取らず、私はこう言っていた。
「私は、フィリア、ロスティ様、の、フィリア・オブリビオン、です。覚えて、おられま、せんか?」
光を帯びた彼女は申し訳なさそうに小さく笑った。
「ごめんなさい、フィリア様」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし「面白かった」「続きが気になる」と思ってもらえたなら、ブックマーク、評価、感想等をよろしくお願いします!




