48 ロスティ・メモワールの記憶の魔法
ボタリ。何かが落ちる音がした。
ボタリボタリ。その音が大きくなっていく。
「心狂いだ!」
聴衆達の方から声がする。
「もう、我慢しない」
何を? 感情の爆発をだ。
「心狂いの名のままに」
ふとすれば溢れてくる激情を、それに呑まれてしまいそうになる自分を、ずっと我慢した。
そんな事、もうしなくて良いやって私は止める。
「全部、吞み込んでやる」
感情が奔流した。
魔力制御を超える。私から溢れ出した魔力が泥の形を取った。
その場の全員が叫んだ。心狂いの暴走が起きたのだと理解した。
だが、逃げられない。司法局長の魔力壁が邪魔をする。
「ロスティ・メモワール、あの方はもう取り戻せない」
私は怒りに囚われている。
だけど、頭は冴えていて泥の魔力を制御できていた。
目線の先、泥を浴びながらもアルベルト様は立っていて怜悧な蒼玉の瞳でこちらを見る。
アルベルト様に私達を止める素振りは無かった。
もう誰に止められても構わない。溢れ出た泥が私の答えだ。
隣でロスティが小さく笑った。
「一緒に怒りましょう、フィリア様」
「うん。一緒に怒ろう、ロスティ」
握り締め合った手を二人で掲げる。
「わたしはロスティ・メモワール。記憶喪失の悪役令嬢。その様にあなた達が創り上げた」
泥が私とロスティを包む。黒い私の泥にロスティの白銀の魔力が混ざっていく。
「ロスティ・メモワールの地獄をあなた達は知らない」
そうして私も小さく笑った。
「だから、見てもらうわ」
この魔法に杖は要らない。
掲げた私達の手が魔力で光り輝く。二つの魔力は混ざり合い、光は泥へと変わり、その体積を増していく。
白銀の魔力が泥へ溶ける。
記憶が感情を抱き、感情が記憶を喰らった。
二つの魔法は互いを溶かし合い、一つの魔法へと変貌していく。
「コール」
「リメンバー」
そして、世界が、白銀と黒泥に染まる。
「「《ロスティ・メモワール》」」
生み出すのはロスティ様が受けたあらゆる負の感情の開放。
銀の光を孕んだ真っ黒な泥は爆発的にその体積を増加させる。
悪役令嬢が味わった地獄、部屋は一瞬で泥に埋め尽くされた。
産まれたのは阿鼻叫喚の様相だった。
感情を記憶で補強してロスティ様の絶望を無理やり追体験させる。
泥を浴びた全員が激情に呑まれ、絶望に落ち、息も吸えない程に倒れ、呻き伏した。
こんな事をしてもロスティ様は帰ってこないと分かっている。これは八つ当たりだった。
「フィリア様」
「うん、分かってる」
阿鼻叫喚の図の中で、私達以外にたった一人立っている者が居た。
「……アルベルト様」
太陽を吸った様な金髪と青空を映した様な蒼玉の瞳が怜悧なままこちらを見ていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし「面白かった」「続きが気になる」と思ってもらえたなら、ブックマーク、評価、感想等をよろしくお願いします!




