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46 介錯人と悪魔の囁き


***


 俺がアルベルト様に拾われたのは、俺が今よりもずっと小さい時で、そんな俺よりもアルベルト様がもっと小さい時の事だった。


 遠く昔に没落したセディリック家の末裔として、俺はスラム街で生きていた。

 残飯を漁り、盗みを働き、強者に嬲られ、弱者を虐げてしまう。そんなくそったれな生き方だった。

 父親の顔は知らない。母親は早くに病で死んだ。たった一人の最悪な生活。


 鎮静の魔法が使えると気づいたのはたまたま拾った魔石に魔力を込めた日だった。

 魔石から放たれる光を浴びた物は全て鎮まり返る。

 最強だと思った。魔石で増幅した魔力を浴びせれば、どんな相手でも脅威に成らない。


 気づいてから生活が変わった。襲って来る者達から逃げやすくなった、食べ物だって奪われなくなった。怯える夜の数が減ったのだ。

 だが、変わった生活も長く続かない。所詮、俺はスラムのガキで、ポカをやらかし、すぐにスラムの大人達に捕まったのだ。


 どいつもこいつも俺が鎮静の魔法を浴びせた事があるやつばかり。そいつらは好き勝手に俺をいたぶった。

 体中が痛くて、もう死んでしまうかと思った頃、アルベルト様が現れたのだ。


『そこのお前、鎮静の魔法が使えるとは本当か?』


 護衛もつけずに汚いスラム街にアルベルト様は居た。そして、アルベルト様はあっけなく俺の世界を壊滅してくれた。

 聞けば、鎮静の魔法が使える従者が一人欲しかったのだと言う。スラムに居ると聞いたから見に来たら、誰にも必要とされていなかった俺を見つけた。


 誰も要らないなら貰うかと、そう思ったのだとおっしゃっていた。


 それから俺の世界は変わった。

 アルベルト様の為に生き、アルベルト様をお助けする。それが存在理由に成った。

 文字も教えてもらえて、教育だって受けさせてもらえた。

 少しずつ世界の事が分かっていった。

 毎日が楽しくて、新しい事を知れる自分が誇らしいと思えた。

 この日々がずっと続くのだと信じていた。




 アルベルト様がいつか自身の魔法で死んでしまう。




 その事実を知ったのは俺がホウキ隊に入った時だった。

 アルベルト様はいつか自身の魔力に呑まれて命すらも壊滅してしまう。

 今のまま魔力が増えていけばアルベルト様は成人して十年かそこらで命が尽きると言うのだ。


 それはアルベルト様の歩まされる運命だった。

 いつか、アルベルト様に聞いた。この運命は本当かと。


『本当だ。僕が壊滅する時、周囲に余波が出る。お前の魔法でその余波を食い止めてくれ』


 自分が死ぬ時の為に鎮静の魔法を探していたのだ。

 俺はアルベルト様の介錯人だったのだ。


 嫌だった。俺が死ぬのは良い。アルベルト様に救われた命だ。どう使ってもらっても構わない。

 だけれど、アルベルト様が居なくなるのは耐えられない。


 どうにか成らないかを探した。

 しかし、壊滅を止める方法は見つからない。

 アルベルト様を活かす方法を調べて、アルベルト様の役に立つ様に鍛えた。

 調べて、鍛えて、調べて、鍛えて、いつの間にか王国ホウキ隊の隊長にあと一歩で届く所まで来ていた。


 そんな時だった。文官長のセルヴィス・トールギスに声を掛けられたのは。




「ロスティ・メモワールにアルベルト様の記憶を奪わせるだって?」

「そうだ。全て奪ってもらう。メモワール家は我らの言いなりだ。婚約者のロスティ・メモワールを使えば上手く行く」


 アルベルト様を救う方法があると言うから付いて来たのに、言われたのはそんな言葉だった。

 文官長の部屋で机を挟み、俺達は向かい合っていた。


「聞く価値もねえ。そんな事をしたらアルベルト様は廃人だ。お前はただクライン様を王にしたいだけだろう?」

「否定はしない。クライン様は我らの王だ。あの方が治めればこの国はもっと良い国に成る。だが、聞け、カイル・セディリック。全ての記憶をアルベルト様から奪えば、あの方は魔法が使えなくなるのだぞ?」


 言葉の意味を理解するのに少し時間が掛かり、俺が理解した瞬間にセルヴィスはにやりと言葉を続けた。


「壊滅の魔力が年々力を増すのは無意識に自身の中で魔力を練り上げてしまっているからだ。魔力の練り上げ方自体忘れさせてしまえば、しばらくの間は壊滅の魔力上昇は収まるはずだ」


 意味する事はアルベルト様の寿命が延びるという事だ。

 確かに廃人に成ってしまうだろう。だが、命の期限を先に延ばせる。

 その間にアルベルト様を救う方法が見つかるかもしれない。


「ふざけんな。アルベルト様がお望みに成られる筈がねえ。この国に尽くしたあの方にそんな不義理が出来てたまるか」


 背を向けて俺は出て行こうとする。


「アルベルト様を見殺しにするのか?」


 だが、背中から突き刺されたセルヴィスの言葉に、扉へ伸ばしていた手が止まる。


「今のままでは、アルベルト様は後十年で死ぬぞ」


 分かっている。だから、そうならない未来を俺は探したんだ。


「こちらの案に乗れば、寿命だけでも伸ばせる。本当に断っても良いのか?」


 気付いたら、俺はセルヴィスへ向き直っていた。


「記憶を奪うのはずっとではない。お前が必死に探している壊滅の魔法を消失させる方法さえ見つかれば、記憶を戻せば良い。その時にはクライン様は王と成っている。ワタクシとお前両方の望みが叶う筈だ」


 悪魔の囁きだ。アルベルト様はこんな事を望まない。


 だけど、俺は知っている。

 どれだけアルベルト様がこの国に尽くしてきたのか。

 どれだけアルベルト様が魔物から民を救ってきたのか。


 その最期が壊滅であって良い筈が無い。


 そうして、俺は悪魔の囁きに乗った。

 これが間違った選択だとは分かっていた。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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