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45 不忘



「言いがかりだ!」


 セルヴィスが立ち上がり、憤怒の表情を浮かべた。

 けれど、私には分かっていた。セルヴィスは表情でだけ怒っていて内面は冷静だ。


「セルヴィス様、お座りください。裁判はまだ続いております」

「この娘は不当にもワタクシへ、そして、クライン様を貶める発言をした。断じて許せる物ではない。即刻ひっ捕らえろ」

「私がした王子への不敬な言葉、それによって発生するあらゆる罰を受け入れましょう。ですが、まだ私の話は終わっていません」


 止まっては成らない。勢いのまま言い切らなければならない場面だった。


「司法局長。これは私達が出した一つ目の結論です」

「一つ目?」

「はい。まだ、私の話に続きがあります」


 まだ告発は受け入れられていない。

 今、話したのはあくまで記憶から導いた推理に過ぎない。

 確固たる証拠をここで言わなければ。


「黒の追憶石がここで重要に成ります」

「どういう事ですか? その追憶石には舞踏会の前夜の記憶が封じられています。そこに真相に繋がる様な情報は無かった筈です」


 司法局長の言葉に私は頷く。

 その通りだ。この記憶は唯一私にだけ向けられた手向けの言葉だ。

 だけど、〝黒幕に繋がる情報を何も残せなかった〟事それ自体に意味があった。


「これ自体に真相に繋がる情報はありません。ただ、一つ重要な事があります。ロスティ・メモワールが私へ〝わたくしは最後まで誰が黒幕か分からなかった〟と言った事です」


 ごめんなさい、と私は心の中で一度謝る。

 今から私はロスティ様へ酷い事をするのだ。


「……皆様は何故、ロスティ・メモワールが最優の記憶魔法使いなのか、知っていますか?」


 これは私しか知らないロスティ様の秘密だ。それがこの場では大きな意味を持つ。


「何故、ロスティ・メモワールはあの年で記憶魔法の最奥に辿り着いたのでしょうか? 何故、これ程多くの記憶簒奪をしておきながら、実父の様に発狂せず、あの日まで過ごしてこられたのでしょうか? どなたか、分かりますか?」


 初めてアルベルト様の表情が変わる。怜悧な瞳が僅かに開かれた。


「記憶魔法には完璧なイメージが必要です。そうでなければ他者の記憶を読み取る事も、それを追憶石にする事もできません。それを何故、ロスティ・メモワールはあれ程完璧にできたのか、という事です」


 ロスティ様は自分の〝それ〟が少し嫌だとも言っていた。

 きっと、自分には普通の人の感覚が最期まで分からないのね、と呟いていた。


 人の秘密をバラしたくない。それがロスティ様の物であれば尚の事だ。


 だけど、きっと、ロスティ様は許してくれる。

 私はあの人の友達なのだから。


 一呼吸を置いて、私はロスティ様の秘密を口にした。


「ロスティ・メモワールは〝不忘〟の持ち主なのです」


 不忘。この特性を持ってしまった者は〝忘れる事ができなくなる〟。

 ロスティ様は生きてきたその全てを完璧に覚えてしまう。それは決して消える事が無い。それこそ今回の様に追憶石として自分から取り出さない限りは。


「……不忘。なるほど。だから、ロスティは最優の記憶魔法使いだったのか」


 声を出したのはアルベルト様だ。

 ああ、そうだったのか、と納得する様に彼は頷いている。


 助け船を出した訳ではないと思う。でも、私達にはありがたかった。

 第二王子がロスティ・メモワールは不忘であると認めた。

 私がバラしたロスティ様の秘密が証拠として使える事を意味している。

 乾きそうな舌を動かし、私は言った。


「紫の追憶石の記憶をもう一度見てください。ロスティ・メモワールは目隠しをされ、王城の中を訳の分からない順番で、訳の分からない道筋を歩かされました。きっと何処へ向かっているのか分からない様にするためでしょう。でも、彼女はその全てを覚えています。歩幅も、角度も、反響する音すらも、その全てを」


 ここまで私が言った後、ロスティが引き継いだ。


「数日前、わたしはフィリア様とカイル様を連れ、王城の中を歩きました。今、フィリア様が言われた訳の分からない順番で、訳の分からない道筋を、一部のズレも無く完璧に」


 ロスティが自分も不忘であると気づいたのは少し前の事だ。

 完璧に記憶していて、完璧に再現できたとしたら、それは道筋の再現だ。


「そうして、わたしが辿り着いたのは、ロスティ・メモワールが連れてこられた部屋です。その部屋はリムナント王国、文官長のお部屋でした」


 セルヴィスの眼が見開かれる。


「ご要望があれば、今すぐにでも道筋を再現して見せます。あの日の様に目隠しをしてくださっても構いません」


 ロスティの言葉へセルヴィスが反論した。


「記憶の中で、その文官長の部屋に居たという人間は声を変えていた。ワタクシであるという証拠は何処にある?」


 セルヴィスがこちらを見下ろす。その心には一筋の焦りが見えていた。


「あの日、もう一人、文官長の部屋に居ました。あなたは知っている筈です。目の前に居たのですから。その方の記憶を見れば、あなたが犯人だとはっきりします」


 ロスティの言葉は止まらない。


「過去のわたしが犯人を突き止められないのは当然です。あの時点では、犯人の顔を知らなかったのですから。その方が王城の表舞台に出るようになったのはつい最近なのです」


 私は犯人へ目を向ける。その者は抵抗する様子も無くこちらを見ていた。


「記憶の中で、その方は声を変えておりませんでした。その方は一瞬にしてロスティ・メモワールを眠らせ、いえ、〝鎮静〟されました」


 ロスティもまた指を伸ばし、もう一人の犯人へと向けた。

 指さされたのはこの記憶探しの旅で私達をずっと助けてくれたホウキ兵の青年だ。


「あなたが犯人です。カイル・セディリック様」


 カイルはしばらくの間沈黙した後、苦笑して、天井を仰いだ。


「ああ、その通りだ」




「〝捉えろ〟」


 アルベルト様の光輪がカイルとセルヴィスを拘束する。


「兄上、ロスティ達の所へ」

「おー、了解了解」


 二人の殿下が魔石へ魔力を込め、それぞれの従者を浮かせてこちらへと降りて来た。

 部屋は静まり返っている。殿下達が私達の目の前に来るまで誰も声を出さない。


「ロスティ、フィリア、二人でカイルの記憶を吸い出せ」


 それで良いな? とアルベルト様が司法局長へ許可を取る。

 王子の命令だ。許可を持って私達はカイルへ手を伸ばす。


 この記憶探しの旅でカイルは私達にとても良く尽くしてくれた。彼が居なければどうなっていたか分からない。

 彼がロスティ様を貶めた犯人の一人であると信じたくない自分が居た。


 だが、記憶の中で聞こえた声をロスティはカイルだと判断した。

 私はロスティを信じるのだ。


「上手く吸い出せよ、お二人さん」


 カイルは抵抗しない。それどころか手を差し出してくる。

 どうして? とは聞かない。何もかもがきっと直ぐに分かるからだ。


「フィリア様」

「ええ、やりましょう」


 私とロスティは差し出されたカイルの手を掴む。

 瞬間、私に伝わった感情は、後悔と安堵、そして友愛と懺悔だった。


「メモライズ」


 ロスティが記憶魔法を発動する。

 そして、記憶が再生された。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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