39 私を逃がさないで
裁判まで五日。
ロスティが私達を連れて来たのは学生寮で、私とロスティ様の部屋だった。
白の追憶石からの光は真っ直ぐに伸びて、私のベッドへ吸い込まれていた。
「……この下か?」
カイルがベッドの端を一息で持ち上げる。
すると、そこにあった。
「黒の、追憶石」
「……ここにあると、思っていました」
黒晶の魔石だった。布越しにそれを持ち上げ、ロスティが私の机の上に置く。
「カイル様、お願いです。わたしとフィリア様をこの部屋で二人きりにしていただけますか?」
魔石のピアスをロスティが指す。これがある限り自分達は逃げられないとカイルにアピールしていた。
「……良いぜ。分かった。今日はもう遅いからな。ここで一晩過ごせ。俺は部屋の外で見張りをしてやる」
私が何か言う前に、カイルは部屋を出て行き、そして扉を閉めてしまった。
「フィリア様、空が暗くなっていますね。この追憶石の様です」
窓の外の空は既に夜を着飾っている。
シンとした静かな空間で私はロスティと二人きりに成った。
何を話せば良いのか分からない。頭はまだ曖昧で絶望に囚われている。涙に染みた瞼は痛いままだ。
「座りましょう。フィリア様」
私はロスティの手に引かれるままベッドへ腰かけた。
しばらくの沈黙の後、ロスティは隣に座る。そして。私との間に黒の追憶石を置いた。
「フィリア様、これが最後の追憶石です」
そのまま私の右手がロスティに握られる。この手の温もりから逃げてしまいたいと思うのに体は動かなかった。
「……いつでも大丈夫です。フィリア様のタイミングで記憶を再生してください」
記憶の再生をロスティがせがむ。その理由が私には分からない。
「どうして? あなたがロスティ様の記憶を求めるの?」
緩慢な口が問いを放つ。
既に減刑を望めるかもしれない記憶は集め終えている。これ以上、裁判に有利となる記憶が手に入るとは思えない。
それに、こうして記憶をいくら取り戻しても、隣の少女がロスティ様に戻る訳ではない。
そして、何より、ロスティには記憶を取り戻したいと言う感情が無かった。
「あなたは、ロスティ様に戻りたいって、思っていなかったでしょう?」
私は知っていた。記憶を取り戻す度に強くなっていく感情を感じていた。彼女は記憶探しをずっと忌避していた。記憶を取り戻す度に自身の罪が増えていく。それがずっと嫌だと思っていた。
ロスティの感情の全てを無視して、私が無理やり記憶を取り戻させてきたのだ。
「……フィリア様、わたしは、ロスティ・メモワールは罪を犯していました。わたしにはその記憶はありませんでしたが、それでも罪を犯していたんです」
なら、とロスティは言葉を続けた。
「罪には罰を。そのために、ロスティ・メモワールの誇りを守らなければ」
ふぅ、っと、ロスティが息を吐く。天井を仰いだ後、また、私を見た。
感情が伝わる。彼女はやはり記憶を取り戻したいとは思っていない。
本当に嫌だと思っている。それでも記憶を取り戻さなければ、と彼女は言うのだ。
紅玉の瞳に宿る光はかつて見た物ではない。
でも、その強さは私が焦がれた物だ。
「ロスティ・メモワールが残した記憶を受け取るんです」
私の右手を握るロスティの手の力が強くなった。
「フィリア様にしかできない事です」
私にしかできない事なんて無い。私はできない事ばかりの心狂いだ。
何かを言いたい。言い訳の言葉を吐きたい。もう許してくれと縋りたい。
だけど、言葉は喉を通らなくて、無理に通そうとする前にロスティが言葉を続けた。
「大丈夫です。大丈夫です、フィリア様。もしも駄目だったのなら、一緒に笑いましょう?」
「──」
『やって駄目だったなら一番に笑ってあげる。だから、やってやりなさい。』
いつかの夜、似た様な言葉をロスティ様から貰った。
涙が滲む。ロスティはロスティ様に似ている。でも、やっぱりロスティ様ではなくて、どうやってもロスティ様には戻ってくれない。
私はロスティの左手ごと自分の右手を上げて黒の追憶石へと伸ばした。
「もっと強く掴んで。私を逃がさないで」
「はい」
痛い程にロスティの手が私の手を握る。
その痛みが逃げようとするこの手を止めた。
本当はもう記憶なんて見たくない。
ロスティ様の苦しみを、それに気付けなかった自分を知りたくない。
でも、もうやるしかないのだ。
躊躇いの後、私達の手が黒の魔石を掴む。
そして、追憶石が記憶を再生する。
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