37 金の追憶石
***
夜の大庭園にわたくしは居た。
ベンチに座り、花畑と夜空を見る。魔光を発する星見花は今日も綺麗だった。
「どうしよう?」
頭が痛い。体が重い。考える事はこれから先の選択だ。
ここには誰も居ない。来るのはわたくしとあの子くらいだ。
そのあの子もここには居ない。今頃寝ている筈だ。
「どうしようっか?」
同じような言葉が何度も口から出る。
「アル様、わたくしがあなたの婚約者に成ったのは、あなたの記憶を奪うためなのですって」
蒼玉の瞳を思い出す。今よりもずっと子供だった時から知っているアル様。
壊滅のアルベルト。王子が持つのには危険過ぎる魔法を持ってしまったあの方。
魔法使いは固有の魔法を選べない。
血筋で決まる事もあれば突然変異的に生まれてしまう事もある。
アル様は前者だった。王家の中では定期的に生まれてしまう壊滅の魔法使い。それが産まれた時には世の魔物が狂い出すと言われている。
壊滅の魔法は成長と共に魔法使い自身を壊滅させる。年を追うごとに強くなる魔力はその体を蝕み、臨界を超えたその時に壊滅の魔法使いの体は崩れ、その命を終えるのだ。
短命が宿命付けられた壊滅の魔法使い。彼ら彼女らはその短い生の間に狂った魔物達を殺すために生きるとされ、アル様もそれに従った。
『壊滅してしまうぼくを君はどうする?』
幼い時、まだ婚約を結んでいなかった頃、出された茶菓子を摘まむわたくしへアル様がそう問いかけた。
もうアル様は魔物と戦う訓練を始めていた。会う度にその体には少しずつ生傷が付いていた。
わたくしも記憶魔法の使い手としての才能があったから厳しい修行を受けていたけれど、その手にアル様の様な傷は付かなかった。
少しわたくしは考えたと思う。あの頃はまだアル様が壊滅してしまうという事がどういう意味か理解できていなくて、アル様が珍しい表情をしているなぁ、と思うだけだった。
『だいじょうぶです。その時はわたしがおぼえています』
答えが意外だったのだか、アル様はまた普段はしない様な表情をして、わたくしを見た。
その顔を安心させたくて、わたくしはこう続けたのだ。
『わたしは記憶の魔法使いです。だから、だいじょうぶですよ』
その後、しばらくしてわたくしはアル様の婚約者に成った。父はとても喜んでいて、わたくしもアル様を好ましく思っていたから一緒に成って手を上げた。
その思い出も誰かが意図した物だったと言うのだ。
「アル様の記憶を奪う、か」
顔も声も分からない、あの部屋の主はそう言った。全ての記憶を奪えとも。
そんな事をしてしまったら、魔法が使えなくなるだけじゃない。行きつく先は廃人だ。
「第一王子と、第二王子の、派閥争い、ねぇ」
アル様が嫌いな事だ。彼はそんな争いに欠片も興味を持っていない。それにわたくしは巻き込まれたという訳だ。
あの部屋の主が誰なのかは分からない。記憶を辿ってもヒントが無い。
「どうしよっか?」
メモワール家の令嬢としてわたくしに選択肢は無い。父は既に廃人の一歩手前で、わたくしがメモワール家を背負わなければいけない。命令に逆らったら家は終わりだ。
「……綺麗な夜空」
あの子の髪色の様な空へ手を伸ばす。あの髪の様にこの夜空を梳けば、何か良い考えが浮かぶだろうか。
わたくしはどうすれば良いのだろう?
何をどう考えても助けたい全てを助ける事はできなかった。
「メモライズ」
魂に染み付く程繰り返した魔法を行使し、わたくしの手の上に追憶石が生まれた。アル様との思い出の一幕の記憶だ。
ポンポンポンと小さく上に何度か投げる。手から離れる度にその記憶はわたくしから消失し、手の平に触れる度記憶が再生された。
何度かの再生を経て、追憶石は魔力を失い、砕けて風に溶けていく。
眼を閉じて思い出す。産まれた時の事、お父様との事、記憶魔法の事、アル様の事、あの子の事。
忘れられないわたくしにとって思い出すという行為は過去を旅する様な物だった。
わたくしが持てる手札。わたくしができる事。わたくしがすべき事。
それを考えて考えて考えて、ゆっくりと目を開ける。
「……これしか、無いか」
どうするのかを決めた。色々考えたけれど、最初に思いついた結論からは変わらなかった。
「綺麗な夜空」
わたくしを包んでくれる様な黒い空を見る。それをしばらく見てから立ち上がった。
考え抜いた結論は自殺の様な物だ。きっとアル様は嫌がるだろうし、あの子も許さない。
でも、仕方ないじゃない? そうしないと誇りを守れないのだから。
もうわたくしは罪人で磨いてきた誇りは汚してしまった。
だけど、まだ守りたい物はある。
「それじゃあ急がなきゃね」
アル様との舞踏会まで時間はあまり残されていなかった。
呼び寄せたホウキに魔力を込めて一息に空へと飛ぶ。星明りに照らされた学園はみるみると小さくなっていった。
学園の学生寮が目に入る。
「あの子、まだ寝ていなかったの」
わたくしとあの子の部屋の明かりがまだ点いていた。今日帰れるかは分からないと伝えていた筈だったけれど、あの子はわたくしを待っているらしい。
「ごめんね」
短く謝って、空を駆ける。まずは誰にも見られない場所へ行く必要があった。
*
二度の夜明けを超えて、わたくしが降りたのは西の果ての森の中だった。
そこには木組みの家があって、その主はわたくしが来ると分かっていた様で門の前に立っていた。
「来たかい、ロスティ・メモワール」
「ええ、久しぶり、という程でも無いわね、カーラ・シャーマニア」
緑と紫が混じった毒々しい髪、血の気の引いた白い肌、灰色の濁った瞳、わたくしと同じ罪人がしゃがれた声で出迎えた。
丸いテーブルの上には既に茶会の準備がされていた。蜂蜜の臭いがする二つのケーキからは湯気が立っていて、その横にはティーカップが二つあった。
「ま、食べながら話そうじゃないか」
「ええ」
切り分けられたケーキを口にし、茶を飲む。二日間、ホウキを走らせ続けた体が急に疲労を訴え始めた。
「……ふぅ」
「疲れてるね。何だい? 嫌な事でもあったのかい?」
「そうね、少しだけ疲れたわ」
横に成りたい気持ちを抑え、ケーキを摘まみながらカーラに言った。
「契約を結びたいの」
「へぇ、どんな?」
「わたくしへ呪いをかけるって契約を」
「そっちかね。アタシはてっきり王国の誰かが相手だと思ってたけどね」
しゃがれた声が笑い、カーラが大口でケーキを頬張った。
「で、どんな呪いがお望みで?」
「破滅の呪いを。栄光からの失墜を」
「あんたがアタシに差し出す対価は?」
「これを」
丸テーブルの真ん中にわたくしは無色の魔石を置く。
「わたくしの〝記憶魔法を記憶した〟追憶石。どんな魔法でも一回だけこれに記憶できるわ」
「記憶魔法の最奥じゃないか。そこまでの領域に到達していたとはね」
「当代でこれを作れるのはわたくしだけ。その事もわたくし以外ならあなたしか知らない。価値はあるよ」
「十分過ぎる程の対価だ。良いよ、契約を受けよう。アンタに破滅の呪いを掛けてやる」
胸を撫で下ろす。わたくしが差し出せる一番価値のある宝石は呪いの魔女のお眼鏡に適ったようだ。
カーラへ宝石を渡しながら、わたくしは続けて要求した。
「それと、もう一つ、紙とペンを貸して。アル様に手紙を書きたいの」
「そこの机を使いな。サービスだ。秘密のルートでアルベルト殿下に届けておいてやるよ」
「ありがとう」
その後、わたくしは手紙を書いた。ロスティ・メモワールの罪の告発。記憶簒奪の痕跡。それらをまとめた物を。
「悪役令嬢、か」
手紙を書き終えて小さく呟く。この渾名が付いたのは一体いつからだろう。
「悪役なら、上手に破滅しなきゃね」
呪いの準備ができたとカーラが呼ぶ。その声に立ち上がりながら、わたくしは小さく笑った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
もし「面白かった」「続きが気になる」と思ってもらえたなら、ブックマーク、評価、感想等をよろしくお願いします!




