35 始まりの大庭園
*
王城を離れてすぐ、私達はホウキに乗り、白の追憶石の光を辿っていた。
ホウキを操るのはカイルとロスティだ。私はロスティの後ろに座り、その背に手を回している。
暴走の所為で私の魔力が乱れていた。今の私はまともに立つ事すらできない。
「フィリア様、落ちない様にもっと力を込めてください」
「……うん」
言われるがままロスティを抱く力を強くする。
何もしたくない。何処でも良いから横に成りたい。
でも、それは許されない。
追憶石はまだ残っている。回収しろと命じられた。私以外の全員がそれを望んで動いている。
分かっている。始めたのは私だ。ならば、ちゃんと終わらせなければならない。
だけど、もう私の望みは叶わない。なら、何で頑張るの?
心は引き裂かれ、感情が死んでいく。
赤く染まろうとしている空へ飛ぶ、ロスティが操るホウキに乗って。
ロスティ様と駆けたいつかの空と同じだった。
「……ねぇ」
吸い込まれる様な青と赤の空色に言葉が漏れる。ロスティの耳がこちらを向いた。
「本当に、もう、元に戻らないの?」
しばらくロスティは答えなかった。腕から伝わる心臓の七回の鼓動を打つ。
「わたしには、分かりません。ロスティ・メモワールの記憶は見ました。ロスティ・メモワールが何を考えていたのかも知りました」
記憶の再生は記憶の定着を意味しない。父の言葉が耳の奥で残響する。
「……何か、考え方が変わったとか、物の感じ方が変わったとかは、無いの?」
また心臓が七回の鼓動を打つ。
「……それも、分かりません。フィリア様から見て、わたしはロスティ・メモワールに近づいていますか?」
違う。返された質問を私の心が否定で返す。
ロスティはロスティ様とは違った。
二人は違う事で喜び、違う事で怒り、違う事で悲しみ、違う事で楽しむ。
それは別の人間と言う事だ。
心が出した結論に私は耐えられない。
でももう感情も上手く動かなくて、私はロスティの肩に額を落とした。
「……休まれてください。せめて到着するまでは」
ロスティの声は優しい。ロスティ様と似ている。
でも、似ているだけで同じじゃないのだ。
ホウキが降りたのは学園の大庭園だった。
「おー、すげえ花畑だ。星見花まであるぞ」
カイルが興味深そうに辺りを見る。
色とりどりの花が咲き誇る庭園だったけれど、利用する生徒の姿は無い。
魔力を含んだ草花が多く植えられているから魔力の感覚が狂いやすく、普通の魔法使いであれば気分を崩してしまうからだ。
「こちらです」
白の追憶石の光に導かれ、ロスティは私を支えながら庭園を進んでいく。
ここをロスティ様と良く歩いた。
季節ごとに咲く花は違っていて、新しい花が咲く度に二人で見に来たのだ。
二人きりで、静かで、満たされていた確かな記憶が私を苦しめる。
もうこの庭園での日々は取り戻せないのだと告げられている様だ。
思い起こされる穏やかな日々は失われた幻想と成り、私を責め立てる。
「フィリア様、少し、休憩されますか?」
「……だいじょうぶ」
何度もロスティは足を止めて私を気遣った。彼女は穏やかで優しい人だった。
もしかしたら、ロスティ様は本来この様な女性だったのかもしれない。傲岸不遜な悪役令嬢などでは無くて、誰からも愛される聖女の様な性格が本当の姿だったのかもしれない。
「もう、私を、気にしないで」
でも、私を救ってくれたのは悪役令嬢だと言われ続けたロスティ様だ。
誰にも媚びず、誰へもへりくだらず、誰からも一目を置かれていた最優の魔法使い。
それが私のロスティ様だった。
足は覚束ない。目線はずっと下がったままだ。
思い出されるのはロスティ様とここで過ごした思い出ばかり。
例えば、進級試験の後、私が仕入れたお茶菓子をロスティ様は美味しそうに食べてくれた。
例えば、鎮魂祭の夜、二人で空を彩る魔法の火花を見た。
例えば、ある昼下がり、ロスティ様からアルベルト様への贈り物を二人で考えた。
他愛のないおしゃべりが多い。細かくは覚えていない物ばかりだ。
でも、ここで過ごした時間はきっと、未来永劫、私の宝物に成るのだろうと、そんな風に思っていた。
卒業の日は近くなっていて、それはつまり私とロスティ様の別れを意味していた。
覚悟は決められていなかった。でも、受け入れようとはしていた。ロスティ様に救われてばかりだったから、せめて最後くらいはロスティ様のご迷惑に成らない様にしたかった。
グルグルと、自分が何を考えていたのかを考えてしまう。
それは全く意味の無い思考でただの逃避だった。
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