32 怒鳴り声
***
光が消え、現実の世界が帰って来た。
私の心臓は早鐘を打っていた。
「おい、どんな記憶だったんだ?」
カイルの声がする。彼、アルベルト様、そしてクライン様が私達を見ていた。
「……追憶石をお触りに成られた方が早いかと」
ロスティがコトリと紫の追憶石をテーブルの中央に置き、止める間もなくアルベルト様達がそれぞれ追憶石へ触れた。
追憶石に触った後、三人の中で一番初めに口を開いたのはクライン様だった。
「アルベルト、お前、記憶を奪われたのか?」
「奪われてないでしょう。舞踏会の日、僕は断罪するまでロスティと会っていませんから」
「その記憶自体、ロスティ・メモワールに改竄された物である可能性は?」
「それもありません。この血に誓っても良い」
アルベルト様の態度は崩れない。蒼玉の瞳は怜悧なままだ。
その瞳にひとまず納得したのだろう。クライン様が再び紫の追憶石を見た。
「……第一王子の派閥、ねぇ」
「僕が廃人と成れば、兄上が次の王だ。ロスティがそう考えるのも無理の無い話です」
クライン様が苦笑する。記憶の中でロスティ様は確信されていた。自分に記憶魔法で罪を犯させていたのがクライン様を支持する派閥だと。
そんな事より、私の頭にあったのはロスティ様の絶望だった。
「アルベルト様、お教えください。知っておられたのですか? ロスティ様があなた様の婚約者に成られた理由を」
「知らない。元々婚約者の候補は何人も居た。メモワール家はその中の候補の一つだ。候補の女性とは全員会った。その上で僕がロスティを選んだんだ」
アルベルト様の顔色は変わらない。「なるほど、そういう事か」と小さく呟くだけだ。
「で、どうするアルベルト? 文官達を調べるか? 誰が黒幕なのか分かるかもしれないぜ?」
「冗談はお止しください。この記憶だけで文官を調べられませんよ。あくまでロスティの主観でしかない」
二人の殿下の淡々と、この後どうするのかを話し始めていた。
「待って、ください。アルベルト様」
「何をだ?」
「ロスティ様の絶望は、この絶望を、どう為されるおつもりなのですか?」
紫の追憶石の記憶からロスティ様の絶望を知ったのは私とロスティだけだ。彼らには声や行動などの光景の記憶しか知れていない。
けれど、ロスティ様の絶望はアルベルト様にも伝わった筈だ。
このままじゃ、ロスティ様の絶望が救われない。
「言っている意味が分からないな。過去の感情を救う方法など存在しないんだ」
けれど、アルベルト様の声は変わらない。
「話は終わりだ。僕は兄上ともう少し話をしていく。カイル、二人を連れて出て行け」
「仰せのままに」
終了が告げられる。何も言い返せずに私達は紫の追憶石を持ってクライン様のお部屋を出た。
「クライン様とアルベルト様は?」
「お二人はまだ語らいを続けているよ」
「なんと」
セルヴィス様はずっと部屋の前に居られた様で、カイルの言葉に苦々しく顔を歪めた。
「まあ良い。我らはここでクライン様達を待つ。お前達は?」
「とりあえず、近くの宿に戻るさ。昼飯でも食べてな」
太陽は空の中央に坐していた。次の追憶石を探さなければならないが、私の頭はロスティ様の絶望に囚われている。一度気分を落ち着けたかった。
カイルの言葉通り、私達はホウキ乗り場に向かう。既に王城近くの宿をおさえてあり、そこへ向かうつもりだった。
「……」
ホウキ乗り場に着いた時、ロスティがしばらく立ち止まり、来た道を振り返る。
「どうしたの?」
「いえ、何でもありません」
そして、ホウキを受け取り、飛び立とうとしたまさにその時、背後から怒鳴り声が響いた。
「フィリア!」
それは知っている声で、何度も聞いた怒気だった。
「フィリア様?」
ロスティの声に答える余裕も無く、私は声の方向へ強張りながら振り返る。
「お父様」
そこには私の父が居た。
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