30 本の森
クライン様のお部屋は本の魔窟だった。
全ての壁には天井に届く程の本棚が設置され、その本棚にはびっしりと魔術書が入っている。本棚だけでは足りないのか、机や床にも本が平積みされていた。
「これが噂の本の森ですか」
「俺はすぐに散らかしちまうんだ。そこの椅子に座れ。そこだけは来客用に綺麗にしてある」
言う通り、クライン様が指した一角には綺麗に整頓されていた。
アルベルト様とクライン様が向かい合って座り、アルベルト様の背後に私達は立つ。
「じゃあ、語らおう、アルベルト。俺の部屋にロスティ・メモワールの追憶石があるんだって?」
「はい。フィリア、ロスティ、説明を。簡単な事情は伝えてある。君達がこの部屋で何をしたいのかを話せ」
アルベルト様とクライン様が私とロスティを見た。
失礼があってはならない。この部屋に入れていただけているだけでも僥倖だ。
「クライン様、この度はお部屋にお招きいただき、感謝いたします。私達はロスティ・メモワールが犯した記憶簒奪の罪の真実を見つけるため、彼女が世界に散らばせた追憶石を探しております」
「ああ、聞いている。それで、その内の一つが、この俺の部屋にあると言うんだな?」
「はい。どの様にして殿下の部屋に紛れ込んだのかまでは分かっておりません。しかし、ロスティ・メモワールの真実を知る為に必要なのです。どうか、この部屋で追憶石を探す許可をいただけないでしょうか?」
「確か、そこの記憶喪失のロスティが持つ追憶石から出る光の先に他の追憶石があるんだったな? 一度見せてみろ」
クライン様のお言葉に、ロスティは懐から白の追憶石を取り出し、部屋に掲げた。
白晶の魔石から光が伸びる。それは本の森の奥を指していた。
「あっちか。魔術書が置いてあるスペースだな」
「触っても問題ありませんでしょうか?」
「ああ、呪い系の本は本棚に置いてある。好きに探してくれ。ただし、本は傷つけるなよ」
「という事だ。僕は兄上と話をしている。お前達で探しておけ」
カイルはアルベルト様の護衛を務める様だ。クライン様からの許可をいただき、私とロスティだけで本の森へと足を踏み入れる。
高く積み上がっている本はクライン様の言う通り、どれも魔術書の類だった。
クライン様はこの国で発行される書物には一通り目を通されている。本人はただの知識欲だとおっしゃっていたけれど、含蓄は深く、学者とも議論ができる程だ。
「あ、フィリア様、危ないです」
「え?」
ロスティが指さした先、私のすぐ傍で本の木が揺らぎ、今にも倒れそうになっていた。
「あ、と」
慌てて揺れを抑える。ロスティが言ってくれなければ、本の中に埋もれてしまう所だ。
本が傷ついてしまったら大問題だ。進め方を考えなければならない。
「……ありがと」
「いえ、わたしも気付くのが遅くなってしまいすみません」
「光は奥?」
「はい。追憶石は見えません」
「少しずつ退けていきましょう。二人でやれば直ぐだわ」
私はロスティと協力して本の森を崩す。一冊一冊が重い本の束は動かすだけでも重労働だ。
「ふ、はぁ」
「フィリア様、病み上がりなんです。無理を為されないで」
「大、丈、夫。はい、次の本」
数冊の本を持ち上げ、ロスティに渡す。ロスティは心配そうな顔をしていたが、それ以上私を止めなかった。
失われた古代魔法。契約魔法とその適用について。地脈と魔石。経済学総論Ⅲ。王国血統録。魔力紋と血統構成の関係。どれも貴重な本だ。
それらが積み上げられた空間の中で光は何度も屈折し、私達は探していた場所を何度も見失う。
私の肺はずっと息切れしていた。だけど手を止められない。ロスティの目線を意識しない様にしながら本の森を進む。
そうして、時間を忘れて本の森を崩してしばらく。「あ」と私は追憶石を見つけた。
「あったわ。紫の追憶石」
布で覆って追憶石を持ち、私達は本の森を出る。
声が聞こえていたのだろう。アルベルト様達がこちらを見ていた。
「おお、それが追憶石か?」
クライン様が何処か興奮した面持ちで、私がテーブルに置いた追憶石を見る。
「はい。まずは私とロスティが触ります。お手を出されない様に」
「大丈夫だ。心得ている」
私は深く息を吸った。これで四度目だ。ロスティ様の罪を軽くできる様な新しい証拠が出てきて欲しい。
「ほら、あなたも来て」
「……分かりました」
ロスティが一歩踏み出し、私の手に触れる。
「いきます」
息を止め、私は紫の追憶石を触り、記憶の宝石が光った。
そして、追憶石が記憶を再生する。
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