29 クライン・リムナントの契約の魔法
*
裁判まで六日。
「アルベルト様、カイル・セディリック並びにフィリア・オブリビオン、そして、ロスティ・メモワールが帰還いたしました」
七日後の夜明け。王城へ帰って来た私達をアルベルト様がホウキ乗り場で出迎えた。
「……記憶探しは順調なようだな、フィリア・オブリビオン」
「はい。アルベルト様のご厚意のお陰です」
「残りの日数は少ない。急ぐと良い」
蒼玉の瞳の怜悧さは変わらない。今まで集めた記憶だけではロスティ様を救うにはまだ足りないのだろう。
「……アルベルト様、追憶石は?」
「君からの報告は聞いている。兄上の部屋に入りたいのだったな」
ロスティの言葉にアルベルト様が頷く。カイルが言うにはクライン様の私室への入室をアルベルト様が取り付けたと聞いている。
正直な話、驚いた。第二王子であるアルベルト様と第一王子であるクライン様は次の王位を争うお立場だ。 第二王子が第一王子の私室へ、それも罪人を引き連れて入室するなど許可が出る筈が無い。
カイルはアルベルト様が頑張ったとだけ言っていたけれど、それだけで済むとは思えない。
ホウキ乗り場から王城へと入った時、私達へ声がかかった。
「おっ、アルベルト、そいつらが話していた罪人一行か?」
「ええ、そうですよ兄上」
そこに居たのはクライン・リムナント第一王子だった。
そのお体は私よりも細く、アルベルト様よりも高い。
血が通っていないかのように白い肌と対照的に、翠玉の眼には力があり、燃える様な赤髪が映えていた。
「お部屋に居てくださって構いませんのに」
「ははは、言うな言うな。今日は体の調子が良いんだ」
クライン様の笑いに釣られて、漏れ出た赤髪が魔力で光る。
先天的な過剰魔力体質。恐れ多い言い方をすれば、私と似た体質だ。
自身の魔力を自身で制御できない体質。それが原因でクライン様のお体は弱い。
それでも、クライン様はその明瞭で明晰な人格や教育や芸術への深い造詣から文官達からの支持が集めていた。
「ご機嫌麗しゅう、フィリア嬢。オブリビオン家へ絶縁を突き付けたと聞いている。罪人の為に何とも豪快な事をするじゃないか」
「ごきげんよう、クライン様。お褒めの言葉感謝いたします。この長さの髪も最近気に入ってきましたの」
翠玉の眼が私を見る。笑みは柔和なのに、全てを見透かされている様な気がした。
「で、そちらが我が弟の婚約者にして記憶魔法での大罪を犯したロスティ・メモワールか。お前の追憶石が俺の部屋にあるんだって?」
「お初にお目にかかります、クライン様。はい、王子のお部屋の何処かに置かれております」
「俺の部屋の何処かに、ねぇ」
クライン様の眼がスッと細められる、ロスティの言葉の意味を考える様に。
「アルベルト、こいつらを俺の部屋に入れれば良いんだな?」
「はい。僕の顔に免じてお願いできないでしょうか?」
「良いさ。見られて困る様な物は無い、身体検査はさせてもらうがな」
「構いません」
そうして、私達はクライン様に連れられて王城の中を歩く。白の床が朝日を反射し、私達を照らしていた。
目的のお部屋に到着した時、クライン様は軽く息を上げていた。
「調子は良い筈なんだが、久しぶりの運動は、堪えるな」
「魔法を使えば良かったのでは? 兄上ならばそちらの方が速いですし楽なのですから」
「体は動かさんと、弱くなる一方だからな。動ける時には動かないと、いかんだろ」
アルベルト様と軽口を叩きながらクライン様が扉の開こうとしたその時だった。
「クライン様! 何処に行っておられたのですか!」
「おお、セルヴィスか」
老人の声が回廊に響く。ドタドタと複数の足音が私達を取り囲んだ。
セルヴィス・トールヴィス様だった。クライン様の筆頭従者であり、文官達を束ねるこの国の大臣の一人だ。
セルヴィス様の周りには杖や魔本を持った文官達が居た。彼らはアルベルト様を見るや否や怪訝な顔をする。
武官達に慕われるアルベルト様は文官の彼らからすれば目の敵だ。そのアルベルト様がクライン様の自室の前に居るという状況が不可解で仕方ないのだろう。
「……アルベルト様、クライン様へ何かご用事でございましょうか? このセルヴィス、何も言伝を預かってはおりませんが」
「何の事は無い。兄上と兄弟の語らいをしようと言うだけだ。わざわざ大臣の許可は要らないだろう?」
「そこの罪人達もお連れに成る心積もりでございましょうか? それは成りませぬ。最低でも私を横に置いていただかなくては」
「許可できん。これは俺とアルベルトで取り決めた語らいの時間だ。参加者の合意は既に済んでいる」
アルベルト様とクライン様のお言葉にセルヴィス様が一度口をつぐみ、直ぐにまた開いた。
「それでも成りませぬ。ワタクシにはあなた様をお守りする義務がございます。あなた様はこの国の王に成られるお方なのです。そのお体に一筋の傷が付く事さえ許されませぬ」
「待たれよ、セルヴィス殿。まだ王位継承の決定は為されておられません。まるで確定したかのような言い分。許容できません。撤回していただきたい」
セルヴィス様が出した信じられない言葉にカイルが口を挟む。
場の空気が凍る。私達の王はアルベルト様とクライン様のどちらへ王位を継がせるかの宣誓を未だされておられなかった。その所為もあって、武官と文官の溝は深い。
今の言葉はただでさえ深いこの溝をより深くしてしまう物だ。
「過ぎた言葉を謝罪いたします。アルベルト様のご成人も近づき、気が逸っておりました。アルベルト様、なんなりとこのワタクシへご処罰を為されませ」
「良い。僕は気にしていない」
王はアルベルト様のご成人に合わせて次の王位を決めると噂されていた。
「……話を戻すぞ、セルヴィス。俺は弟との語らいを楽しみにしていたんだ。そろそろ部屋の中に入らせてくれ」
「語らいをするのは構いませぬ。ですが、このワタクシも横に置いてくださいませ」
セルヴィス様は頑として譲る気が無い様だ。
困った。今から私達がする事は言わば家探しだ。クライン様がお許しに成るから許されるだけの蛮行に等しい行為だ。セルヴィス様が居たら決して許さない。
「……兄上、仕方がありません。僕に兄上の魔法をおかけください」
「アルベルト様!?」
「止めるな、カイル。黙ってそこで立っていろ」
カイルが悲鳴の様な声を上げた。今のお言葉こそこの場で最も信じられない物だった。
私だけではない。どういう事か良く分かっていないのは記憶を失ったロスティだけだ。
この場の全員が絶句し、アルベルト様を見る。その視線を浴びても横顔は怜悧なままだ。
「お、良いのかアルベルト?」
「ええ、時間や条件に制限を付けてくだされば構いませんよ」
「んじゃ、遠慮なく」
と、続けてクライン様が胸元から取り出したのは魔石筆だった。魔石製の筆記魔法具。それが書き示すのはある特殊な魔法である。
「左手で良いか。手の平を出してくれ」
「どうぞ」
クライン様の魔法筆がアルベルト様の手の平を触れる。魔石の筆先が輝き、レースを編む様に魔法陣を描き出した。
「契約の制定。期間はこの部屋に入り、そして出て行くまで。行動の制限は俺及びリムナント王国への害またはそれに準ずる行為。罰則は命。汝、この契約に合意するか」
「合意する」
契約が締結される。アルベルト様の手の平へ魔力の残光で作られた魔法陣が浮かび上がった。
アルベルト様が壊滅の魔法を持つように、クライン様は契約の魔法を持っていた。彼が書き下した魔法陣に乗っ取った契約を必ず遵守させる魔法だ。
「セルヴィス、これの通りだ。この部屋に入り、そして出て行くまでの間、僕は兄上を傷つけられない。もしも害を与えたのであれば、即座に私の命は終わる。これでもお前の同席が必要か?」
「……いえ、ワタクシも出過ぎた真似をいたしました。大変申し訳ございません。ですが部屋を出られましたら、すぐにお迎えに参ります」
セルヴィス様が引き下がる。否、引き下がるしかないのだ。
私は声が出なかった。今、アルベルト様は命を賭けるとおっしゃったのだ。
この部屋で何か一つでもアルベルト様がクライン様へ害を為せば、その瞬間に死んでしまう。
そういう契約が私達の目の前で締結したのだ。
王子の命はこの国で王の次に重い。決してされて良い行為では無かった。
どうしてそこまで、と私は聞けない。アルベルト様が命を賭ける原因を作ったのは私が始めた記憶探しなのだから。
「……良し、じゃあ、入るか。来いよ、アルベルト。久しぶりの語らいだ」
青白い顔でクライン様が笑い、扉を開けた。
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