28 二つの像
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額に触れた柔らかくて冷たい感触で私は目を覚ました。
「あ、ごめんなさい、フィリア様。起こしてしまいました」
「……これは?」
「濡らした布です。額に乗せると気持ちが良いとカイル様から聞いて。あ、お医者様が先ほど来られました。肩の傷も治りましたよ。明日の朝には体調も戻るとおっしゃっていました」
寝ている間、ロスティは私を介抱してくれたらしい。
体は随分と楽に成っていた。頭が軽い感覚があるけれど、体中の痛みが引き、息もいつもの様に吸えている。治療が効いたのだろう。
「……ありがと」
「いえ、そもそもが、わたしの所為なんです。だから、これくらいはさせてください」
困った様にロスティが笑っていた。その笑みはこの状態に成った彼女と出会ってから何度も見た物だ。
見慣れてしまった笑みだったけれど、そこから後悔の様な感情が私に伝わってきた。
ロスティはベッド脇の椅子に腰かけ、こちらを見る。星の光を吸った様な銀の髪が魔石の光を包み込んでいた。
「……フィリア様、記憶の回収をまだお続けになられますか?」
ふと、そんなことをロスティが聞いてきた。紅玉の瞳に私の眼が映っている。
「続けるわ。当たり前よ」
「どうして、ですか?」
「だって、」
私は髪を触った。切り落とした黒髪。オブリビオン家には断髪の証はもう届いているだろう。
「記憶の先に、ロスティ様が居るんだから」
「……そうですか」
そのためにここまで頑張ってきた。記憶を取り戻せば、きっとロスティはロスティ様に戻る。そうすればまたあの方に出会える。それだけを夢見てここまで来たのではないか。
「なら、わたしも頑張らないと、いけませんね」
眉を下げた曖昧な笑みが浮かんだ。ロスティ様ならばしないような笑い方だ。
もう三つも記憶を回収したのに、ロスティがロスティ様に戻る気配は無い。
きっと記憶の回収が不完全なのだ。回収自体は上手く行っている。その筈だ。
その筈なのに違和感のある笑みはメモワール家での出来事が頭を過らせる。
「……記憶魔法」
「え?」
「いつの間にか、記憶魔法が使える様に成ったのね。ロスティ様の記憶を取り戻したから?」
「はい。おかげさまで記憶魔法を思い出せました」
それは良い事だ。ロスティ様は血の滲む様な努力の果てに記憶魔法を習得したと言っていた。どれ程自分に才能があって、それをどれ程磨き上げたのかを私は語ってもらった事がある。
その努力が無かった事には成らなかった。良かったと私は思う。
だからこそ、ロスティのした行為が信じられなかった。
「ねえ、どうして父親の記憶を奪ったの?」
聞くつもりは無かったのに、私の口は質問を投げていた。
「あんなこと、しなくて良かったでしょ?」
記憶の簒奪。ロスティ様が最も嫌悪した行為。それを行使したロスティの姿がロスティ様と重ならない。
「ただ記憶を覗くだけでも良かった筈でしょう? 記憶を奪ったの。もしかしたらあの人は廃人に成ったかもしれない。そんな事を何故してしまったの?」
言葉は責める様な口調に成っていた。それにロスティは目を伏せて、少し考える様な仕草を見せた。
「……ここが苦しくて。気付いたら魔法を使っていたんです」
そう言ってロスティが指したのは自身の胸だった。
「苦しい?」
「はい。あの記憶を見てから、急に胸が苦しくなって、お腹が熱くなって、あの人に、ロスティ・メモワールに罪を犯させた人に、何かをしてやらないと気が済まなくて。気付いたら記憶を奪っていました」
「それは、」
ロスティの感情が伝播し、ああ、そうか、と私は理解した。
「あなたは、怒ったのね」
「怒っ、た? わたしが?」
無意識に制限していた魔力を少し緩め、私はロスティの感情へ意識を向ける。父親の記憶を奪った場面を思い出していたのだろう。困惑や恐怖の他に強い怒りの感情が混ざっていた。
「怒ったのよ、あなたは」
それならば、納得が行く。
怒りのままに行動してしまったというそれだけの事だ。
でも、それはロスティ様ならば絶対にしない事だ。
あの方はずっと気高いままで、誇り高く理性を遵守していた。
「……ごめんなさい。また、眠るわ。あなたも寝て」
「分かりました。おやすみなさい、フィリア様」
ロスティが魔力光の明かりを消す。
向かいのベッドへと歩いていく足音を聞きながら、私は眼を閉じる。
瞼の裏でロスティ様とロスティの二つの姿が浮かぶ。
いつまで経っても二つの像は重ならなかった。
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