22 メモワール家の大屋敷
裁判まで十四日。
王都の中心からかなり離れた南の大地。薄曇りの空の下にメモワール家の大屋敷はあった。
全面を石造りの塀で囲まれた屋敷は外界を拒絶している様だった。
「さて、どうするかね?」
屋敷から少し離れた場所に降り、カイルが頭を掻く。
「正門に行けば良いのではないの?」
「おいおい、ロスティは今処刑寸前の罪人だ。メモワール家はそんな女を第二王子の婚約者にしちまったんだぜ? おいそれと俺達を通してくれるかよ」
カイルが肩を竦め、重厚な鉄門とその向こうに広がる庭園を見る。
「……荒れてる」
ロスティがぽつりと呟いた。
崩れた塀の隙間から中を見る。言葉通り、広い庭園は荒れ果てていた。
元々はきっと色とりどりの花があったのだろう。だが、手入れはしばらくされていない様だ。茨は伸び、萎れた花弁が落ちている。
「追憶石はどこにあるの?」
「……あの部屋にあります。三階の角部屋です」
ロスティが持った追憶石の光はとある一室を指している。
「あそこはロスティ・メモワールの自室だな」
「ロスティ様の?」
「ああ、司法局の資料で見たから覚えてる。だが、あそこはもう司法局がとっくに調査した筈だ。追憶石が見つかったって報告なんて無いぞ?」
考えるのは後だ。とにかく、ロスティ様の自室に次の追憶石があるのだ。
どうする? と私達は眼を見合わせ、カイルが「しょうがねえな」と片眉を上げた。
「荒事に成るぜ。頑張れよお嬢様」
*
そして、私達はホウキを片手に鉄門の前に立っていた。
「こちらカイル・セディリック。第二王子アルベルト・リムナント様からの使いだ。ロスティ・メモワールが犯した無許可記憶簒奪の件でこの屋敷を改めて調査したい。参考人としてロスティ・メモワール本人と裁定記録係のフィリア・オブリビオンを連れて来た。この門を開けていただきたい」
カイルが声を張り上げる。兵隊仕込みの声は大太鼓の様に周囲へ響き渡った。
「お帰りくださいませ──と言えばよろしいでしょうか?」
低い声が門の内側から響く。荒れ果てた庭園の至る所から揃いの制服を纏った数人の男が出て来た。
中央に立つ男が、私達へ、否、ロスティへゆっくりと頭を下げる。
「お嬢様、お久しぶりでございます」
「あなた、は?」
「……そのご様子、やはり我々の事を何一つ覚えていらっしゃらない。我らメモワール家の魔法兵。お嬢様には幼い頃よりお仕えさせていただいておりました」
恭しい態度だったが、男達の手には既に魔石の杖が握られている。
意味する事は警告と臨戦態勢だった。
「もう一度、言わせていただく。第二王子アルベルト様からの御用命だ。この扉を開けていただけないだろうか?」
「なりません。我らの主、クロニク・メモワール様はあなた様方のお帰りをお望みです。どうかこの場はお引き取り下さいませ」
「……これだから貴族仕込みの所作は苦手なんだよ」
吐き捨てる様に言った後、カイルが前に出て、軽く肩を回した。
「義理と義務は果たしたぜ。それでも聞かないんだから、仕方ないよな」
兵士達の警戒が伝わり、杖がこちらへと向けられる。
同時にカイルの指輪が魔力を浴び、光り輝いた。
兵士の一人が叫ぶ。
「構えろ!」
魔石の杖が輝き、その先端から魔弾が生まれる。私のとは違う殺傷能力を持った魔弾だ。当たればただでは済まない。
だが、魔弾が杖から放たれるよりも早く、カイルの指輪が淡く光る。
「鎮まれ」
静かな命令。光が兵士達へ注がれる。屈強な兵士達の体から力が抜けたのが分かった。
ほとんどの兵は地面へと膝を付く。その眼にはまだ攻撃の意思があり、杖を構えていたけれど、上手く体から魔力を出せないでいる様だ。
問題なく立っているのは魔力の防壁を作っていた中央の魔法兵だけだった。
「鎮静魔法でございますか。ああ、なるほど。あなたがあのスラム街上がりのホウキ兵隊長。噂通り、お若いのに素晴らしい練度だ」
「そいつはどうも」
カイルがホウキを操り、鉄門を超え、魔法兵へと突撃する。
同時に私とロスティもホウキに乗り、一気に飛び上がった。
向かうのは追憶石の指す先。三階の角部屋──ロスティ様の部屋だ。
全速力でホウキが駆ける。三階の窓が目前まで迫った。
「突っ込むわ!」
ホウキがガラスを突き破り、私達はロスティ様の部屋に飛び入る。
だが、しまった。勢いを付け過ぎた。急減速したホウキから私達の体が放り出される。
「っ!」
ほとんど無意識に私はロスティを抱き寄せた。そして、ガラスと共に床へと転がり落ちる。
擦る様に床を滑った体を細かなガラスの破片が傷つける。外套は切り裂かれ、肩へと冷たい刃が突き刺さった。
「フィリア様!?」
「大丈夫っ。早く、追憶石を探してっ」
血が流れ出す左肩を右手で抑える。大丈夫、きっとすぐに痛くなるだろうけど、まだ痛みは無い。耐えられるだけの熱さだ。
「でも、」
「良いから、早く!」
私の声に押されて、ロスティが白の追憶石を部屋の中央で掲げた。夢中になって私達は追憶石の光が指す場所を見る。
光はロスティ様の部屋の本棚へ伸びていた。
痛みを無視し立ち上がる。既にロスティは本棚へと駆け寄っていて、光が指された場所にある本を片っ端から取り出していた。
「──っちだ! 急げ!」
ドタドタという激しい足音が部屋の外からした。屋敷に居た誰かがここに来たのだ。
「ありました!」
そう、ロスティが声を上げる。
本棚の奥に隠し扉があり、それをロスティが開いていた。
そこにあったのは翠の追憶石だった。
「早く私に触って!」
痛みを無視して私は左手を翠の追憶石に伸ばす。その手へロスティの右手が触れた。
次の瞬間、翠の追憶石が淡く光った。
そして、追憶石が記憶を再生する。
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