21 二つのケーキ
*
「ケーキでも食べるかい? 蜂蜜を入れた物と蜂蜜をかける物、二つ用意してるよ。材料は同じだけど味は全然違うのさ」
丸テーブルの上には二つのケーキが置かれていて、浮いたナイフが人数分に切り分ける。
私達が来る事が分かっていたのだろう。二つのケーキからはまだ湯気が立っていて、甘く香ばしい匂いがした。
「安心しな。毒も呪いも入れていないよ。第二王子からの使いにやんちゃする程、アタシは馬鹿じゃないさ」
甘い匂いに体が疲労を訴えた。ロスティ様は甘い物がお好きだった。良く色々なお菓子を準備して二人きりのお茶会に誘ってくださった。そんな記憶が蘇る。
記憶と共にロスティを見る。その眼はまだ陰ったままだ。
「……いただきましょう」
「え?」
「だから、いただきましょう。出していただいた物を断るのは失礼だわ」
言い訳をして、私は二つのケーキへフォークを伸ばす。カーラの言う通り、確かに二つのケーキの味は違った。触感も風味も甘みの種類も、同じ材料を使ったとは思えない。
食べ始めた私達へ気を良くしたのか、しばらくして、カーラが「さて」と話を切り出した。
「ロスティ・メモワールの何の話を聞きたいんだい?」
カーラが自分の皿を指でクルリと回す。愉快そうに笑っていた。
「全部です。あなたが知っているロスティ様の全てを教えてください」
「曖昧な質問は良くないね。質問をするという行為は契約と呪いだよ。ロスティの何を知りたいんだい? あの子の罪について聞きたいんだろう? 罪の何を知りたいのさ?」
毒々しい髪が揺れ、灰色の眼がロスティと私を行き来する。
「なるほど、カーラ・シャーマニア、あなたはロスティ・メモワールの罪について良く知っているんだな」
「そりゃ知ってるさ。アタシとあの子はいわば同僚だからね」
カイルの言葉にカーラが含んだ言い方をして笑った。
何を聞くか。全てと言ってもカーラは答えてくれない。私はロスティを見る。彼女は緩慢にケーキへフォークを伸ばし、食べているだけだった。
一つ一つでも情報を集めなければ。時間を無駄にできないのだから。
「……あなたとロスティ様のご関係は? 同僚とは一体何の同僚なのですか?」
「汚れ仕事のだよ。アタシは呪いと解呪、ロスティは記憶の簒奪。ま、この国の上の奴らからすれば便利な魔法使いなんだろうね」
カーラの指先がケーキの皿を弾く。そこからは怒りも苦しみも感じられず、楽しいとさえ思っている様だった。
次の質問を考えている間に、カイルが口を開いた
「カーラ、あなたは王国に仕える以前から汚れ仕事を?」
「汚れ仕事ってあんた達が言うのはアタシの呪いの事かい? そう言う意味で聞いているなら答えは肯定だよ。ただ、仕える、って言い方が可笑しいね。アタシからすればこの王国なんてただの大口の依頼主なのさ」
含み笑いをしながらカーラが言葉を続けた。
「アタシはこの国の生まれじゃない。もっと西の、海と山と森を幾つも超えた場所から流れてきた。アタシらにとって呪い、あんた達の言葉で言うなら、魔法はただの道具さ。使えるなら使う。売れるなら売る。呪えるなら呪う。対価を貰えさえすればね」
灰色の眼が細まった。私を、そしてロスティを見て、次の質問を促してくる。
「……あなたが言う、〝上〟とは一体誰ですか?」
「王族、貴族、外交、軍……ま、呼び名はいくらでもあるね」
「聞き捨てならないな、カーラ。俺達の王様がこんな事に関わってると?」
「アタシが言ったのは王族。王様が関わってるのかなんて知らないさ。命令はいつも紙一枚か口約束一つ。契約の大本に誰が居るかなんて気にしてないからね」
「……ロスティ様も同じような命令で?」
「そうだろうね。アタシとは状況は違ったみたいだけど」
しゃがれた声でカーラが笑い、二種類のケーキを同時に口に入れた。
「初めて知った時はさすがにびっくりしたね。まさか記憶魔法のご令嬢がこんな汚れ仕事をしているなんて思わないからさ」
「……いつ、あなたはロスティ様に呪いの魔法を記憶させたんですか?」
「初めて記憶させたのは二年前だったね。上からの命令でね、アタシの呪いをロスティに記憶させろって言われたのさ」
毒々しい髪が左右に揺れた。灰色の瞳が懐かしむ様に細められる。
「ロスティは良い子だったよ。あの年で記憶魔法の秘奥に辿り着いたんだ。相当な鍛錬をしたんだろうね」
カーラの口ぶりからしてロスティ様とは親しかった様だ。ならば、もしかしたらロスティ様の罪の理由を知っているかもしれない。
そう期待して私は質問を続ける。
「……なぜ、ロスティ様はその様な罪を犯したのですか?」
「教えないよ。ロスティ・メモワールと契約したからね」
「っ」
私は眼を見開いた。カーラは知っているのだ、ロスティ様が何故罪を犯したのか。
なのにそれを教えないと言う。
ロスティ様との契約? それは何だ?
今こうしている間にも時間は過ぎていく。このままではロスティ様と永遠に会えなくなってしまうのに。
焦りと怒りから感情混ざりの魔力の泥が僅かに漏れる。それをしゃがれた声が笑った。
まずい。私は沸騰しそうな心を収めようとフォークを強く握りしめた。
「……ロスティ・メモワールが罪を犯した数はどれくらいなのですか?」
その中で、ずっと黙っていたロスティがか細い声を出した。
「へぇ。知りたいのかい?」
「はい」
「本当に? そうは見えないけどねぇ」
「……本当です」
愉快そうな笑みを浮かべ、カーラが言った。
「アタシが把握しているのは十三回。把握していないのも含めればその三倍はあるんじゃないのかい?」
「そう、ですか」
カーラが告げた数に私は絶句し、ロスティは目を伏せた。
「今日はありがとうございました」
蜂蜜入りと蜂蜜かけのケーキを食べ終えた頃、カーラへの質問が一通り終わった。
ロスティ様の罪を軽くできる様な情報は得られなかった。分かった事と言えば、国の上層部がロスティ様に多くの罪を犯させたという事だけだ。
焦りが募っていく。残りの日数もそう多くない。なのにロスティ様の減刑を望める様な証拠は何も見つかっていないのだ。
「いいさ、次に目指す場所も分かったようだからね」
だけど、変化はあった。一通りの質問が終わった時、ロスティが持つ白の追憶石がまた新しい地点へ光を指したのだ。
準備をし、私達はカーラの家を出る。その直前、灰色の眼がこちらを見た。
「フィリア、蜂蜜入りと蜂蜜かけ、二つのケーキは美味しかったかい?」
「ええ、美味しかったわ。触感も味わいも全然違って」
「そうかいそうかい」
満足したのか、カーラは「じゃあね」とこちらへ手を振るう。それに見送られ、私達は森路を進んだ。急がなければ夜に成ってしまう。それまでには森を抜ける必要があった。
「……フィリア様」
うす暗い道の中、前方のロスティが振り返り、こちらを見た。
「まだ、記憶の回収を続けるのですか?」
「……もちろん、ロスティ様のお記憶を取り戻さなきゃ」
「……分かりました。ごめんなさい」
少し言いよどんだ後、ロスティは顔を前に向ける。
その背を見て、私の左耳、魔石のピアスから痛みが走った。
「った」
それはロスティも同じだろう。右耳を抑え、歩みを続けている。
逃げようとしたわけではないだろう。だが、逃げたいとは思ったのかもしれない。
「……」
この少女へ酷い事をしている。けれど、記憶の回収は止められない。
そうしなければロスティ様にもう一度会えないのだから。
***
森を出て、私達は追憶石の光を辿り、今度は南に飛んだ。
「……ここ、は」
辿り着いた場所を眼下にして私達はホウキを止める。
「なるほど。次はロスティ・メモワールの生家か」
そこにあったのはメモワール家の大屋敷。ロスティ様が生まれ育った場所だった。
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